21 班構成の理由


 朝から霧雨が降り続いている。
 半分だけ崩れずに残った、部屋が剥き出しの家屋の二階部分。イシュはその端に座り、足を投げ出して、辺りをぼんやりと眺めていた。屋根はなく、イシュのすぐ左に崩れかけの石壁があるのみで、座っている場所から右側は何も遮るものがない。そこからは、かつて主要街道沿いにある豊かな町だった廃墟の一群が見渡せる。家が潰れて屋根だけが残った石造りの家に、全焼して炭となったあと野ざらしになっている木造の家、庭から緑を伸ばした草に覆われてしまった木造の家、廃墟となったその瞬間から、放置されてきた様子が窺い知れる。
 ただ、辺りを注意深く見回しても、人骨は落ちていない。王都北部城塞が目の前にあり、交通上の要衝でもあるから、遺体は片付けられたのだろう。魔物の暴走があったあの日、無数の町や村が、この場所と同様の目に遭った。他の町や村の多くは、あの日にすべての生活が動きを止め、無数の人骨がそのままになっているに違いない。ロド王国は、あの日に支配領土を大きく縮小させられた。
 そこへ来て、今回の出来事だ。テイニたちが間に合ったおかげで、イシュたちは無事に王都北部城塞を退去できた。王都北部の住民の多くが王都北部城塞に収容されていき、ログナたちも合流できた。それはひとまず喜ぶべきことのはずだったが、誰一人として喜びはしなかった。
 王国最強を自他ともに認める騎士団長の死が、あまりにも重すぎた。
 いまは、ログナたちの到着を出迎えたあと、王都北部城塞近くにある廃墟群を仮の拠点とすることが決まり、各班ごとに長い休息を取っている最中だ。イシュは、細かい雨粒に濡れていく廃墟から目を切り、一階の床部分に直接座っているログナを盗み見た。二階部分の半分は崩れているので、簡単に見える。ログナはここへ戻ってきたとき、まるで別人のように憔悴していた。努めていつも通りに振舞おうとしているが、隠し切れない落胆が、にじみ出てしまっている。
 ログナの隣には、ラヴィーニア王女が沈黙を保ったまま座っている。元王女、といったほうが正しいだろうか。ラヴィーニアはいま、返り血に染まった侍女の服を着ている。動きやすく質素な麻の服の上下、その上に羽織った革の外套《がいとう》には、赤黒いまだら模様が出来ている。
 朝になって目を覚ましてからも、ログナやトライドやラヴィーニアは、誰も自分から言葉を発しない。
 そんな中でひとり、場の雰囲気を変えようとしている女がいた。
「わたしその単細胞な上官の作戦がほんと嫌いでいつもいつも遠回しに作戦を変えるように言ってたんだけど全然気づかなくてめんどくさくなって、その作戦は失敗に終わると思いますって言ったらやっと気づいてくれたんだよね」
 この調子で先ほどからずっとトライド相手にしゃべり続けている。
「ルーア」
 トライドがたしなめるがルーアは言うことをきかない。
「もちろんそのあとは隊の全員が連帯責任で懲罰訓練させられたからその日から誰も話しかけてくれなくなったけど。そういうのってどう思います? 隊長は。わたしだけが懲罰を受ければ済む……」
「静かにしてくれ」
 ついにログナが、制止した。
 まだ話を続けようとしていたルーアは、少し固まった後、静かになった。
 ルーアをじっと見ていたら、彼女もこちらを見上げて目が合った。
 彼女は軽くこちらを睨んだ後、視線を外した。
 雨が静かに床を叩き、地面に吸い込まれていく。
 ……ようやくうるさい女が黙った。
「ルーア様は面白い方ですね」
 そう思うと、今度はずっと黙ったままだったラヴィーニアが呟いた。
「絶望的な状況にもかかわらず、それだけ能天気に、何の役にも立たないことをぺらぺらと喋り続けられるんですから」
 まだ十代半ばから後半にかけてと言った容貌と、さまざまな所作に気品を漂わせていた彼女の言葉に、イシュは――というよりも、おそらく場の全員が耳を疑った。
「その能天気さには少し救われます」
 お嬢様育ちゆえの本心から言っているのか、皮肉で言っているのか、わからなかったが、
「ルーア様、いま、怒りを堪えたような表情になりましたね。どうか我慢なさらないでください。ロド王国の神事を司るラヴィーニア王女は行方知れずです。わたしはいまは王女ではありません。上官に罵詈雑言をぶつけたときのように、どうぞ存分に怒りをぶつけてください」
 すぐに、なかなかの皮肉屋だとわかった。
 言われるがままに『始まりの石』で出来た小刀を置き、ついてきたところから見て、素直で御しやすい王女だと思った。その認識が誤りだったということだけは、十分に伝わってくる。
「あれだけ大言を吐いていらっしゃったのに、王族相手だと何も言えないんですか?」
「王女。あなたも少し、黙ってください」
 ログナが小さな声で、だがはっきりとした険を含んだ声で言う。
 ログナの顔は見えないが、ラヴィーニアの顔は見える位置にある。
 王族の女は同じ王族か結婚相手の男としか話せない。そのしきたりを破ったことに気付いたのか、ラヴィーニアが一瞬、顔を凍りつかせたのが見て取れた。けれど彼女はすぐに気を取り直した。
「わたしは王女です……いえ、今は王女ですらないし、戦闘に関しても素人です。休息も大切とはいえ、いますぐ話し合えることはたくさんあるはずだというのは、素人の戯言だと思って無視してくださって構いません。こうして沈み込んでいれば何か状況が変わるというのなら、どうぞそうしてください」
「たとえば?」
「え?」
「たとえば、どのような手を打ちますか? 素人なら」
 もはや普通に話してしまっている。
 ラヴィーニアのほうはまだ慣れないのか、落ち着かない様子で服のほこりを払ったあと、ログナに応えた。
「まず、あなたの考えている対処方法をおっしゃってください。あなたがいくら優秀でも、何か盲点があるかもしれません。わたしの能力では、それを指摘することくらいしか出来ません」
 ラヴィーニアがごく真っ当なことを言ったが、ログナは何も反応しなかった。
 考えているのだろうかと思ったが、それからも黙ったままだ。
 イシュは立ち上がり、二階を移動して一階部分に飛び降りた。
 ログナは片膝を立てて座り、壁に寄りかかっている。すぐ近くに屈んで膝をついた。ログナの隣、わりあい距離を空けた場所にラヴィーニア、斜向かいにルーアとトライドが隣り合って座っている。
「隊長、いまの彼女の意見は真っ当です」
 ログナは舌打ちした。
「わかってる」
「わたしも、隊長が落胆されている様子を見て、言い出せませんでしたが、早急に話し合うべきだと思っていました」
 イシュが顔を覗き込むと、ログナは体を反らし、
「何も、考えてない」
 右手で髪を掻いた。
「いや、言い訳をさせてもらえるなら、考えがまとまらないんだ。本当にレイが……レイが死ぬなんて、思ってなかった」
 ログナが吐く弱気な言葉は、初めて聞いた。
 何か王国と取引をして処刑を逃れたらしい彼は、これまで、任務に全力で打ち込んできていた。けれどその力の入れようには、違和感もあった。なぜ自らを裏切った王国に、ここまで献身するのか。戦いながら疑問に思ってきたことに、ようやくひとつの答えが出た。
 レイのため。
 イシュは、いくらレイを尊敬しているとはいっても、直属の奴隷剣士としてここ三カ月ほど共にいただけだ。悲しいとは思っても、絶望の淵に立たされるほどではなかった。
 だが、ログナは違う。あの魔王との一連の戦いを共にした、戦友だったはずだ。
 自分が、テイニを喪うようなものだろう。
 何か言葉をかけた方がいいだろうか。
 迷っていると、彼は小さく息を吐いた。
「そこの生意気なお姫様の言うとおりだ。俺はいまできることを、していない」
「なっ、生意気なとは何です! わたしにはラヴィーニアという名前が」
「はいはい、少し黙ってて」
 ルーアが口を挟む。
「無礼ですよ! あなた」
「そっちが先に言ったんでしょ。今は王女じゃないって。これからしばらく、あんたはただのラヴィ」
 あんたは、のところでルーアが王女を指差した。
 あまりにも尊大な態度、目に余る非礼に、ラヴィーニアは少しのあいだ口を開けたまま絶句した。イシュはそこで初めて、王女の桃色の舌に、黒い刺青《いれずみ》が入っているのに気付いた。正方形の中に斜め十字、『無』を意味する記号。一瞬、目を引かれたが、王族のしきたりか何かだろうと思い、すぐに視線を外した。
 それよりもイシュは、少しばかり、感心してしまった。ルーアは、自分よりも弱い立場の人間――ノルグ族やトライドにだけ強い態度をとるのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
 イシュの隣でやり取りを見ていたログナが、呆れたように笑う。
「ぎゃあぎゃあうるさいなお前らは……。そんなに話したいなら、意見を言っていけ。一人ひとつ。ルーア」
「え? わたしですか? いきなり言われると……。え、えーと……わたしたちで王都に殴り込み?」
「次、ラヴィ」
「ログナ様まで……」
「無礼を承知で申し上げます。これから先は、どこで誰が……いや、何が聞き耳を立てているかわかりません。俺が敬語を使う年下の女性となると、数は限られてきますから、あなたが危険な目に遭う可能性も出てきます。これから話すときは、敬語は挟まずにしたいのですが」
 ログナが言うと、
「まあ、そういうことでしたら」
 とラヴィーニアは引き下がった。
 そしてなぜか、イシュの方を向いた。
「わたしは今すぐにでも、反乱の疑いのあるノルグ族の方々など見捨てて、北部城塞に戻るべきだと思います」
 ラヴィーニアの冷めた目が、じっとこちらを見つめている。
 イシュは一瞬にして頭に血が上るのを感じた。
 表情には出さないようにしているが、この短気は生来の物で、上手く制御できない。
「ログナ様、かつて魔王を討伐された実績を持つあなたの武勇は北部城塞の人々の希望になるでしょう。レイ様を倒すほどの魔物がそう多くいるとは思えません。そういった魔物が集中攻撃を仕掛けてきたとしても、北部城塞に勢力を結集した状態ならば簡単には落ちないはずです。堅牢な北部城塞を本拠に据えて徐々に勢力を盛り返し、やがては王都を奪還する。態勢の整わない段階でわたしが暗殺されてしまうと困るというなら、わたしはしばらく侍女の扱いで構いません。わたしの顔を知っているのは一部の王族と侍女しかいませんから、嘘はつき通せるはずです」
 イシュはラヴィーニアが何を言っているのか、全く聞いていなかった。ただひたすらラヴィーニアを見ていた。イシュが何も言わずに黙って見ていると、やがてラヴィーニアが先に視線を外した。
「次。イシュ」
 ラヴィーニアから視線をそらし、イシュは言った。
「ラヴィーニアと同じ意見です」
「ちゃんと考えろ」
「本当に同じ意見なので」
 イシュは怒りが表に出ないように抑えるので精いっぱいだった。
 ログナは苦笑いし、
「最後。トライド」
 ルーアをたしなめてから一言もしゃべっていなかったトライドに話を向けた。
 トライドは性格がいいだけで、能力が高いという印象はない。
 目新しい意見は出ないだろう。
 ラヴィーニアに対する怒りの収まらないまま、そう考えていたイシュは、トライドの意見を聞いて、驚いた。
「僕は、カロル盗賊団に助力を仰ぐべきだと思います」
 一拍置いた後、
「却下だ」
 これまで誰の意見もさえぎらなかったログナがすぐに言った。
「聞いてください」
「言うな。いまあいつの名前を出されたくない」
「理由があるんです!」
「言うな!」
 ログナが立ち上がり、トライドの方に向かおうとする。その剣幕に危険なにおいを嗅ぎ取ったイシュは、反射的にログナの足を掴んでしまった。その剛健な体を簡単に止めることはできず、そのまま引きずられた。仰向けに倒れて、頭を床にぶつけた。意外に大きな音がした。ログナがすぐに動きを止めた。
「悪い。大丈夫か?」
 心配そうに言いながら、手を差しだしてきた。頭は硬いほうなので、あまり痛みは感じていない。
「大丈夫です」
 手を借りずに体を起こし、座り直した。
「それより、トライドの話を聞いてあげてください」
 立ったままのログナを見上げながら言う。ログナも、
「わかった」
 と言って座り直した。
「イシュさん、ありがとうございます」
 トライドが丁寧に言ってきた。小さく頷き返す。
「ログナ隊長、まず、質問があります。そんなに怒ったのは何故ですか? ミスティさんは、確かに敵ですが、まだ、名前を出すことすら許されないほど、憎しみを抱くような相手ではないと思うのですが」
「いいから早く意見を言え」
「わ、わかりました。ぼ……僕も、初めは提案するか迷ったんです。ですが、冷静に、あの戦闘能力を味方にすることができればと、考えてみてください。一気にいろいろな状況が好転します」
 トライドは唾を飲み込んで、話を続ける。
「幸いなことに、ミスティさんは、ラシード砦に馬で駆けつけました。そのおかげで、超常的な力を使って移動しているわけではないというのがはっきりしています。だとすると、現在彼女は、ラシード砦の周辺に居ると考えるのが自然です。なぜなら、彼女は距離の近いラオ砦から自ら手勢を率いて出撃したからです。ラシード砦なんて、籠城するにも不都合が多いし、何の価値もない砦なので、部下に任せても問題なかったはずです。しかし、彼女は単騎駆けまでして、急いで駆けつけたんです。これは、彼女にとっては、ラシード砦にそれなりの価値を認めているということです」
「よく気づいたね、トライド」
 ルーアが素直に称賛する。トライドは少しはにかんだ。
「いま、ミスティさんはきっと、ラシード砦にそのまま居座っています。おそらく、最前線のラシード砦から出撃して、さらに東へ版図を広げようとしていたんだと思います。でも、圧倒的な強さを持つ彼女は、そこで、障害にぶつかります。魔王に匹敵するような力を持つ、人型の魔物たちです。彼ら……と言っていいのか分からないですが、彼らは、王都を手中に収めたのち、全方位に勢力を伸ばそうとするはずです。当然、ミスティさんともぶつかります」
 いつもの、どこか抜けたところのあるトライドと同一人物とは思えない。
 理路整然とした語り口に、イシュはいつの間にか怒りを忘れて、聞き入っていた。
 ログナとラヴィーニアも真剣に耳を傾け、ルーアだけは、なぜだか嬉しそうに顔をほころばせながら、トライドのほうを見ている。
「敵の敵は味方。あるいは、二者が争っている隙をつく。具体的にどうすればいいかはまだ考えていませんが、それが、僕の提案です」
 これしかない、とすぐに思った。
「トライドの意見に賛同します」
「トライドの意見に賛成です」
 イシュが言ったのとほとんど同時に、ルーアも賛成し、声が揃った。
 舌打ちしたくなるのを堪えた。特に意識もせずにルーアのほうを見てしまうと、彼女も同じように舌打ちを堪えたような顔で、こちらを見ていた。
 視線を外してログナを見る。
 何に怒っていたのかはよくわからないが、これには反対しないだろう。
 けれどログナは、
「駄目だ」
 と言った。
 イシュは驚いて言葉を失った。代わりにルーアが、
「どうしてですか!」
 と勢い込んで言った。
 ログナは少し沈黙したあと、
「いや……待ってくれ。一応、根拠はあるつもりだが、そう言われると自信がなくなってきた」
 また、弱気な言葉。
 ノルグ族の英雄であるリルとともに戦った彼も――リルとともに汚名を被せられた彼も、長くいればこうも弱みを見せる時があるのかと、意外に思った。あるいは、レイが、それほど彼にとって大きな存在だったのか。
「ミスティが魔物と手を結んでいた場合のことを、考えてた」
 と、ログナは言った。
 魔物と人間が結ぶなど、あまりに現実味のない話だった。
 怪訝に思いながら訊く。
「根拠は?」
「あの喋る魔物だ。奴が言っていた。ミスティと同盟を結んだと。もちろん信じたわけじゃない。けど、魔物が、王国から追放されたミスティの名前まで知っているのはおかしいと思って、ずっと引っかかってた」
「それだけですか?」
 イシュがすぐに言うと、ログナは首を小さく横に振った。
「あとは、レイが……」
 変にかすれた声になったのを、ログナは咳払いでごまかした。
「レイが殺された時、現場で、魔法剣から発せられた黒い帯状の光を見た者がいると、テルセロが言っていた。ラヴィ以外の三人は、ミスティのあの黒い帯状の光を目の当たりにしただろう。魔物のあの言葉があったから、それですぐに、ミスティと魔物が、結びついた。ミスティがレイを殺したのかもしれない。いや、レイほどの実力者を殺せるのはミスティ以外にいないと、だんだん、頭の中で確信になっていって……」
 ログナがだんだん声を小さくしていった。
 イシュはそんな彼を見て、何も言えなくなってしまった。
 けれどルーアは違った。彼女は、
「隊長は、ミスティは絶対にそんなことはしないと、信じてる。だからこそ、客観的に、彼女を見ようとしたんですね」
 励ますように、言った。
「でも、客観的に見ようとしすぎて、ミスティのことが見えなくなってしまったんだと思います。隊長が知っているミスティは、そんなことを……魔物と結んでレイ様を殺すようなことを、する子でしたか?」
「いや。絶対にしない」
「十年経った今は」
「するかもしれない」
「しませんよ」
 先程まで無駄な事を喋り続けていたうるさい女の言葉が、ログナを優しく包んでいく。
「しません」
「どうしてそう、言い切れる?」
「あの人は、隊長だけでなく、わたしたちも生かして逃がしました。隊長を生かして逃がしたのは、わかります。わたしでもきっとそうするから。だけど、ミスティが何が何でも王国を滅ぼすつもりなら、わたしたちを逃がす理由はない。特に、そこのノルグ」
 ルーアはイシュのほうを見もせずに言った。
「そこのノルグは隊長ほどではないにしても、騎士団の中ではかなり強い。心の底から王国を憎んで、王国を滅ぼすつもりでいるのなら、それほどの実力を持つ人間を逃がすでしょうか? 逃がさないはずです。じゃあ、どうして殺さなかったのか」
 ルーアはログナに向けて微笑んだ。
「隊長に嫌われたくなかったからです。ミスティは隊長の性格を知っているんでしょうね。わたしたちよりもずっと。隊長は、奴隷の盾になるような人です。きっと、ミスティは、部下を殺された隊長の恨みを、怒りを、自分へ向けられることに、耐えられないと思ったんです」
 いいですか、とルーアは笑みを消して真剣な顔に戻った。
「ミスティがよほどの馬鹿でない限り、わたしたちのことはあの場で殺すべきでした。そうすればロド王国を滅ぼす計画が一段階、進むんですから。でもあの人は、わたしたちを無事に帰すほうをとった。そんな甘さを捨てきれない人が、さんざん人間を食い散らかしてきた魔物や魔王のような存在と結んでまで、ロド王国を滅ぼそうとするでしょうか?」
 イシュは、表情に出さなかったが、ルーアの意見にも納得させられてしまった。
 同じような引っ掛かりを覚えてはいたが、ここまで冷静に、相手を納得させられるほど明確には、頭に言葉が浮かんでいなかった。
 要は、ミスティの陣営と同盟しているという言葉はあの魔物の嘘、簡単にミスティとログナを結びつけないようにするための牽制だったのだろう。
 トライドとルーア。
 戦闘能力はまだまだ未熟で、イシュの足元にも及んでいない。戦闘能力だけで言えば、騎士団の中にも、トライドとルーアに勝る人間はいた。
 イシュは、二人を、見下していた。
 けれどいま二人の意見を聞いて、その優越感は既に覆されている。
 イシュはあまり頭が回る方ではない。奴隷剣士として最前線で戦い続けてきたから、戦闘ではその辺の騎士が束になって向かって来ても負けない自信がある。しかし騎士のように、さまざまな局面で活かせる知識は何も頭に入っていない。からっぽだ。傍目にはどうやら冷静に状況を観察しているように見えるらしく、これまでに何度も誤解されてきている。だが実際には、いつか誰かが言ったように、考えることは他人に任せきりの『戦闘狂』でしかない。
 その劣等感を、トライドとルーアは数年ぶりに刺激してきた。
 なぜレイがこの班構成にしたのか、いまさらになってわかった気がした。



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