17 ルーアの直言


 歩き続けて日が沈みかけたころ、視界の開けた平地の街道で、疲れ果てた王都の人々に出くわした。葬列かと思うほどの静けさに満ちていた。
 不安に襲われたログナは、民衆に先行して歩いている、革の鎧を着た兵士の一人に声をかけた。彼の鎧は魔物の返り血でひどく汚れていた。
「北部城塞は無事か!?」
 こちらが事情を聴くつもりで声を掛けたのに、相手のほうが詰め寄るようにして尋ねてきた。
 行軍の邪魔にならないよう道の端に寄って、赤茶色のあごひげを生やした男と向かい合う。
「無事だ。急いで王都の人たちを連れて行ってやってくれ」
「そうか! よかった! 北部城塞が落ちていたら、もう、どうすればいいかと」
 男は胸をなでおろした後で、もう一度ログナを見上げてきた。ログナの方が頭ひとつぶん以上高いので、どうしても見下ろす形になる。
 そして顔を凝視してくる。
「ログナ・マグリット?」
 今日はよく名前を確かめられる日だ。
 ログナの後ろに控えていたテイニが、小さく笑った。初対面の時、彼女も同じような問いかけをしていた。
「本当に騎士団に来ていたんだな。俺は、あんたと同じ団長補佐の一人、ギニッチ・ベスターだ。よろしく」
 ログナは、落ち着いた様子のギニッチを見て、自分が訊きたいことを訊いた。
「騎士団長は無事か?」
「副団長サチェリ様の死は確認している。レイ様は、わからない。我々に、非戦闘員を護衛して北部城塞へ向かえと命令を下されたあとも、王都に残られたらしいとは聞いた」
 ギニッチはそう言うと、考え込むように唸った後で、腕を組んだ。
「もしかして、これから王都に?」
「そのつもりだ」
「この状況で向かう気概は、さすが元魔王討伐隊だと言いたいところだが……」
 ギニッチは声の大きさを一つ落とした。
「王都はもうだめだ。どうしてもというなら止めないが、せめて、テルセロに会って行け。奴も団長補佐だ。志願して、列の最後尾で殿《しんがり》を務めている。隊列のなかで一番王都の状況に詳しいはずだ。生きていれば、だが」
 王国騎士団は、団長、副団長、団長補佐、一等騎士長、一等騎士・奴隷剣士長、二等騎士長、二等騎士、三等騎士長、三等騎士、奴隷剣士の序列になっている。ログナは団長補佐、イシュは奴隷剣士長、ルーアとトライドは二等騎士だ。ノルグ族を征服したロシュタバは、騎士団の位階にノルグ族を組み込む際、奴隷剣士長は一等騎士とも対等だという理想を掲げた。しかし理想はあくまで理想に過ぎず、奴隷剣士はどれだけ有能だろうと、騎士とは対等ではない。二等騎士であるルーアたちが、二階級上の奴隷剣士長であるイシュに荷物運びをやらせることに疑問をもたないのは、その理想が形骸化していることを示している。
「わかった。北部城塞では、俺の部下の奴隷騎士長に班長をやらせている。別部隊として尊重してもらえると嬉しい」
「奴隷剣士長が班長? どういうことだ」
 落ち着きを取り戻していたギニッチが、また、顔色を変えた。
「救援に向かったとき、すでにエル将軍が戦死していた。囮に使われたノルグ族しか生き残りがいなかった」
「そんなことはどうでもいい!」
 ギニッチは吐き捨てると、
「なぜ反乱の疑いのあるノルグ族に北部城塞を任せたのかと聞いている!」
「反乱?」
「今回の騒動を仕組んだのはノルグ族だという話だ」
「北部城塞のノルグ族たちは何も知らなかった」
「あんたの前ではそう振舞うだろうよ」
「待ってください!」
 後ろに控えていたテイニが、初めて話に割って入った。
「わたしたちは本当に何も知りません! これほどの騒動を起こす力がノルグ族にあるのなら、わたしは奴隷剣士などになりません!」
「たわけが!」
 突然、ギニッチが絶叫した。
 その剣幕に、奴隷剣士として教育されてきただろうテイニは、直立不動になった。
「貴様、ノルグ族の分際で、騎士同士の重要な会話に割り込むとは何事だ! そこに直れ!」
 ギニッチが片手剣の柄に手をかけた。
「抜くなよ」
 ログナは静かに言った。
 ギニッチがこちらを見ると、ログナは両手を広げた。
「抜かなきゃ何もしない」
 ギニッチは舌打ちとともに手を下ろした。
「とにかく、助かった。これからテルセロに会いに行く。ありがとう」
 ログナはギニッチに礼を言い、歩くのを再開した。
 後ろを見て、ギニッチが行ったと確認したあとで、ログナは道から外れ、平原の方に歩みを進めた。
 これからのことを考えながら、何も言わずに歩いていると、途中で、ノルグ族の女兵士のひとりがしゃがみこんでしまった。
「どうしよう。どうしよう……。みんなが殺される……」
 泣き出しそうな声で言う。
 顔が見えないが、泣いているのかもしれない。
 ログナはその兵士の様子を見て、これからの方針を決めた。
 テイニに声をかける。
「状況が変わった。王都には俺とルーアだけで向かう。お前は他の全員を連れて引き返せ。いま北部城塞にいる奴らは、トライド以外まず間違いなく、虐殺される。俺たちが賞金首になったときも同じだった。理屈は通じない」
「わか……」
 テイニが頷こうとしたところで、
「その場合、王女はどうしますか? さっき、王女がいるとギニッチ様に伝えなかったのはどうしてですか? 王女が城塞にいるとわかれば、行軍の士気も上がったんじゃないでしょうか」
 王都に向かって出発して以来、ひたすら沈黙を守っていたルーアが、口を開いた。
「王女を奴らに預けるのは不安だ。馬鹿なことに使いかねない」
 ルーアが、何かすぐに言おうとして、口ごもった。
 それから言い直した。
「隊長、それは隊長に、王女を擁しての反乱の意思があるように聞こえます」
「王女がいると大々的に宣伝すれば、確かに士気は上がるだろう。だが、五長会議の人間の現在位置を把握して的確に襲うような奴らが、それに気付かないとは思えない。一気に終わらせようとしてくるはずだ。王女が暗殺されれば、この大陸も魔物の支配下になる」
「では、どうすると?」
「ルーア、待ってくれ。時間が惜しい、まずはテイニたちを北部城塞に向かわせる」
「駄目です。わたしはこれまでの戦いの中で、隊長が大きな器量を持った方だと感じました。それだけに不安があります。隊長は、ロド王国に深い恨みがあるはず。王国が危機に陥っている今、隊長に、王女をどうにかして身を起こそうとする野心がないと、信じ切れません。わたしは王国に忠誠を誓っているつもりはありませんが、反乱軍に与《くみ》するつもりもありませんよ。忘れてはいらっしゃらないはずですが、わたしは隊長の部下であると同時に、首輪でもあるんです」
 舌がよく回る。言いたいことがすぐにわかる。
 上官から忌み嫌われてきただろう直言を、ルーアは、ログナにぶつけてきた。
「わたしがギニッチ様に、北部城塞に王女がいると直接伝えてきましょうか。能力の高くなさそうな人のほうが、安心できることもあります」
 ルーアの目はしっかりとログナを見据えていた。
 ここでルーアを無視して強行してしまっては、ルーアがどんな手に出るか、読めない。
 ログナに選択肢はなかった。今この瞬間、散漫でまとまっていない考えを、話しながら固めるしかなかった。
「そうだな……。まず、俺たちがレイと合流できる場合の話をする。レイと俺たちが合流した時点で、すぐに生まれる利点がある。それは、レイの言う、王国第一、第二の剣士が揃うことだ。その二人が同時に同じ場所にいるのなら、この国のどこにいるよりも安全だといえるかもしれない」
 ルーアが頷いた。
「それは同意します」
「北部城塞に入れば、レイが実質的な最高指揮官に就任するだろうから、王女を俺たちの判断でどうこうする必要はない。レイならすべてうまくやってくれる」
「そうですね。レイ様のなさることなら誰もが納得するでしょう」
「レイと合流できると絶対に言い切れる場合、俺たちは、北部城塞にいるイシュたちに、早く城塞から逃げ出すよう知らせればいいだけだ。だが」
 だが、とログナは、一昔前の自分なら絶対にできなかった仮定を、もうひとつ用意した。
 ここまで考えを進めて、ようやく、なぜ自分がルーアへの説明を避けようとしたのか、気づいた。
 それを考えただけで鼓動が早まり、そのことについて考えるのをやめろとうるさくがなり立ててくる。
「レイが、もし、すでに死んでいたら」
 ルーアの表情が一瞬にして張りつめた。
「レイが死んでいたら、後を引き継ぐのは副団長だろう。ギニッチは、副団長が死んだと言った。団長も副団長もいない、そうなれば次は団長補佐だ。どれだけ生き残ったかはわからないが、団長補佐は俺も含めて十一人いる。元賞金首の俺の発言力は、ないに等しいだろう。俺が、王女を表に立たせることに反対しても、誰も聞く耳を持たないに違いない。それに、同じ階級の者たちが幾人かで指揮を取ることになると」
「部隊は大混乱に陥りますね」
「そうだ。王女がいた場合、ルーアがさっき言ったように、野心を燃え上がらせる人間もいるだろう。王女が担ぎ上げられることは間違いないが、さらには、処遇をめぐって内部分裂が起きる可能性も出てくる」
「ですが、彼女を宗教的象徴として立てて、北部城塞の人々が結束することができれば、いい方向に転がることも考えられます。そうなれば、わたしたちが王女を確保しているより、はるかに有益です。わたしたちが余計な疑いを……王女を無理矢理連れ去っただとか、王女を使って反乱を起こすつもりだ、なんて疑いをかけられることもありません」
 ログナはルーアの鋭い指摘に、言葉に詰まった。
 先ほど出会ったギニッチよりも、自分の方がうまく立ち回れる。そんな驕りを、ログナは自覚させられた。
 前線から離れていた時間の大きさは、ミングスやルダスとの戦いの中で、嫌というほど思い知ったばかりだというのに。
 ルーアが上官に嫌われた理由がわかる。彼らはいまのログナのように、ふだんの呑気な態度からは想像もつかないような明晰さを唐突に発揮され、さらに、自分が何も言い返せないことから、苛立ちを覚えたのだ。
 ログナはかつての上官たちと同じ轍を踏むわけにはいかなかったので、少し間を空けた。意識して呼吸を遅くする。
「ルーアの指摘が、たぶん、正しい。俺が一国の王女をどうこうする権利はないし、現状、能力もない。柄にもなく自惚れてたらしい」
 ログナは自分の論理の脆さを認めた。
「ただ、話を最初に戻すが……。人々が王女を結束の象徴とするなら、敵に知られた時点で、王女が暗殺される危険性はかなり高いぞ。魔王級の強さをもつ敵だ。それは、どう避ける?」
「……ごめんなさい。隊長相手に偉そうに語ったくせに、前提が頭から抜けていました」
「いや、いい。おかげでかなり考えがまとまってきた」
 ルーアのおかげで、今の状況を整理することができた。浮かび上がってきた問題点はいくつかある。
 今のところ採るべきなのは、ルーアの案だ。テイニたちを王都北部城塞に差し向け、ラヴィーニア王女を置いて逃げるようにと命令をする。ラヴィーニア王女は、現状では、騎士団長の命令を受け王都北部城塞に向かった騎士団員たちが守るべきであり、何の命令も受けていないログナたちが連れ去ることに正当性は全くない。反乱の嫌疑までかけられる可能性がある。しかし、騎士団員たちがラヴィーニア王女を立てて結束を呼びかける場合、ラヴィーニア王女が暗殺される危険性は極めて高い。
 ログナの案なら、それを避けることができる。ログナたちの護衛の中で、ラヴィーニア王女は人目にさらされることなく、事態が落ち着くまで身を隠すことができる。しかし、今度は反対に、ルーアの案で解決していた、ログナたちごく少数の人間の判断でラヴィーニア王女を連れ去る正当性や、反乱の嫌疑の問題がでてくる。
「レイ様が生きていてくだされば、すべて解決するのですが……」
 ルーアがぽつりとつぶやく。
 そうだ。レイが生きてさえいれば、こんな悩みは全くの無意味で、手早くルーアの案を実行すればいい。
 しかし、と、考えてしまう。死んでいた場合のことなど、考えたくもないのに、考えてしまう。あのカロルですら、死んだのだ。どんなに強い人間でも、死なないという保証はない。
 ルーアやテイニたちの視線が、ログナに集まっている。早く、早く決めなければ。
 ……カロル。お前ならどうしてた?
 十年前に死に、いまはもう記憶の中にしか存在しない人間に対する、無意味な問いかけを、ログナはした。
 そして、ひとつの考えが降ってわいた。
「もし王女が、死んでいたとしたら? 王女が死んでいたとしたら、反乱の疑いを向けられる恐れは?」
 何を言い出すのかという、不信をあらわにした顔で、ルーアがログナを見上げた。
「意味が分かりません。王女とはついさっきまで……」
「思い出せ。王女の服は、誰が着ていた?」
「それは、侍女が身代わりとして」
「俺たちが、王女が王女であると判断した理由は?」
「『始まりの石』でできた小刀を」
 そこまで言ったところで、ルーアは気づいた。
「そ、れは……」
「小刀を置いていく。あとは、連中が状況から判断するだろう。もし俺が王女を担ぎ出したとしても、北部城塞にいる連中が、小刀をかかげて、王女は死んでいると証明すればいい。王女が王女であることを信用させるには、その決定的な死の根拠を覆す何かが必要になる。反乱を起こす難しさは、跳ね上がるはずだ」
「ですが、それは……それは、あまりに不遜な! 嘘が発覚した場合、言い逃れはできませんよ!」
「俺はロド王国にはいろいろ恨みもある。棄教した知り合いもいる。だけどな。いまは、魔物との戦いを制してきたロド教という絶対的な支えが、どんな形であれ残ることが、人間の生き残る道だということは、わかる。いいか。王女は、ロド王国の象徴のひとりだ。五長会議の面々や国王の生死すらわからないいま、絶対に殺されてはならない人間だ。今回のことでもし王位継承者が根絶やしにされたとすれば、王国は滅亡するかもしれないが、王女さえ生きていれば、ロド教は継承される。王国が無くなっても、ロド教は存続する。王女は聖母リリーのような存在になれるかもしれない」
 ふだんはロド教を大して信じていない人間も、絶望的な状況の中では、信心深くなる。魔王との戦いで破局的な状況が何度も訪れかけたが、そのとき、兵士たちの最後のよりどころになっていたのが、ロド教だ。
 自分の場合は、カロルという信仰の対象が身近にいたため、ロド教にはあまり関心がなかった。信仰という言葉が悪ければ、足元が崩れかけたとき、無邪気な信頼を寄せられる相手だ。
 ロド教に守られているのだから、魔王に人類が滅ぼされるわけがない。ロド教の教典にはそのようなことは書かれていないが、兵士たちはそう思い込む。兵士たちがそうやって恐怖を律しているときに、ログナは、カロルといればなんだってできる、こいつさえいれば魔王に人類が負けるはずがないと考えていた。カロル、クローセ、リル、バルドー、レイ、それに途中からはミスティ、この六人とともに戦えば魔王に負けるはずがないと考えながら、何度も死線をくぐり抜けた。
 すがれるものがなくなれば、人間は脆い。すぐ諦めに支配される。魔物たちに襲われた街で、生き残るのは、最後まで諦めずに逃げ続けた人間だけだった。途中でもう逃げ切れないと諦めてしまった人たちは、例外なく、魔物の餌となった。
 ログナも、何度も諦めかけた。けれど諦めなかった。
 人を諦めさせない、最後にして最大の防壁が、何かを強く信じる気持ちだと、そう思うことがある。盲信と、紙一重の。
「もうずいぶん列が進んでしまいましたよ。どうします、ログナ様」
 二人のやりとりを黙って聞いていたテイニが、言った。
「ルーア。俺にいま考え付く案はこれが限界だ。受け入れられそうか?」
 これでも、ログナの独断で王女の扱いを決めていることに変わりはない。
 ルーアは首からさげている五芒星の首飾りを固く握りしめた。
「受け入れたくはありませんが……受け入れます。反乱の実現の可能性は低くなりましたし、王女を象徴にしてから暗殺が起きれば、王国軍が瓦解するというのは、おそらく隊長の言う通りです。状況がはっきりするまで、わたしも、偽装工作の共犯者になります」
「テイニ、お前らはどうだ」
「ノルグ族はまずい立場に置かれているようですし、しばらく行動を共にさせていただけるなら、黙認するつもりです。正直なところ、ロド王国やロド教の存亡には興味がないので、そこまでして助けるほど、王女が重要な人間とは思えないのも確かですが」
「決まりだ。俺とルーアはこのままレイを助けに向かう。テイニたちは街道を避けて通り、王都北部城塞にいるイシュたちと合流しろ。王女の死を偽装した後、王女を連れて、支城から脱出するんだ。支城を出ると右手に峡谷があるから、そのまままっすぐ下流に向かって、石橋の周りにある廃墟に隠れて待て。イシュかトライドには、行きで迂回に使った石橋のことだと言えばわかる」
「わかりました。廃墟に隠れて、お戻りになるのを待っていればよいのですね」
「あとは人数分の馬と、水の入った樽を荷車で運び出すのも忘れるな。城塞の人間は川の上流からいくらでも補給できるから、遠慮せずに持ち出せ」
「はい。では、ご無事で」
 言うが早いか、テイニを始めとしたノルグ族たちはすぐさま走り出した。草を踏みつける静かな音が、遠ざかって行く。
「俺たちも急ぐぞ」
 ログナはルーアをちらりと見たあとで、前を向いて走り出した。
 二人になって急に心細くなったのか、
「わたしでは、足手まといではないでしょうか」
 先ほどまでとは一転して、弱気なことを、ルーアが呟く。
 ログナは少し考えた後で、
「ルーアは、どのくらいの魔物を殺した?」
 と訊ねた。
「え?」
「殺した数だよ」
「えーと……大雑把ですけど、百くらい」
「おそらくイシュは、何千体か、殺してる」
 ルーアが絶句した。
「イシュは、魔王討伐隊が結成されたときに、十三歳だったらしいからな。奴隷剣士ならもう最前線で戦っていたはずだ。あの戦いを生き残ったのなら、少なくとも千はいく」
 王都から逃げてくる人々とすれ違いながら、ログナは話を続ける。
「お前にはまだ経験が足りないだけだ。これからもっと強くなれる」
「そうでしょうか? わたしがあのノルグのようになれるとは、とても思えません」
「あのレイが、お前を選んだんだ。もっと自信を持てよ。俺もできる限り、強くなるのを手伝ってやるから。最終的には、魔王とも戦えるくらいに」
「魔王とも……ですか」
 しばらくお互いに黙って走った後で、
「隊長は、必死の思いで魔王を討伐したのに、王国に裏切られて、賞金を懸けられたんですよね」
 ルーアはまた、ぽつりと呟いた。
「まあな」
「十年経ったとはいっても、恨みは、消えてないはずなのに。どうしてそこまで、一生懸命なんですか? わたしが隊長の立場なら、絶対に自分の命を危険にさらしたりしません。偶然王女が手元に転がり込んで来たら、まず反乱を企てます」
 ログナは笑った。
「そんなことか」
「わたしにとっては大事なことです」
「あのとき、一緒に戦ったレイに、助けを求められたから」
「それだけ?」
「ああ。それだけだ」
 魔王との戦いの中で、自分にとっての最後のよりどころだった六人。
 あの六人のうち、一人はもう喪った。
 もう、誰一人として、喪いたくない。



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