元王女の王国滅亡物語り

都市滅亡伝1 王都 王権集中と奴隷制、そして滅亡へ


 おはようございます、こんにちは、こんばんは。前項ではわたしの独り言にお付き合いいただきありがとうございました。
 第二項も引き続き、王都を取り上げます。

 リリー・ノルグの意識をコピーされた半身は、ロド族の族長と結婚し、娘を産み、リリー・ロドとしての人生を歩み始めていました。
 リリー本体が封印の間で眠ってからしばらくして、封印の間の上に新しくできた街は、聖母のすべる街として評判になります。それから数十年はロド教の布教と地盤固めが続き、彼女の孫、ラディス・ロドの代になって、ついにロド王国の建国が宣言されます。

 ラディス・ロドは、ひとりで幾百の魔物と渡り合える人類最高の魔法、魔法剣を扱える男でした。聖母の宗教的カリスマ性と、ラディスの軍事的カリスマ性。ふたつが重なり合い、毎日魔物におびえる生活を変えてくれるかもしれない、そんな期待をいだいた周囲の村や町は次々に服属を申し入れます。
 当時のロド大陸南東部は、ノルグ族分家が遠く北方の地に追いやられた影響で、魔物の支配する土地になっていました。力ない人々は、それなりの善政をしいていたノルグ族分家を追いやったロド族を恨みながらも、最後の希望として頼らざるを得ない、という現実的な理由もありました。
 そして、率先して貢物を差し出した周辺領地を併合する形で、大陸南東部の中規模河川のそば、海からもそう離れていない場所に、『王都』が誕生しました。

 王都には、それ以前の都市とは違うさまざまな特色があります。
 そのひとつは、「魔法の源泉」を王都で管理するようにしたことが挙げられます。

 大きな魔法陣を想像してください。中央には、研磨されたきれいな魔石と、大量の鳥の羽があります。魔法陣に置かれた魔石は、使用者が身に着けている魔石とリンクしていて、向こうの魔石に魔力がそそぎこまれると、反応します。魔法陣に置かれた魔石は、鳥の羽を贄《にえ》として消費し、使用者の魔石に、エネルギーとして変換して送り返します。使用者の魔石からは、風魔法が発現します。
 それが魔法の原理です。
 そして一部の魔物や外界魔族たちは、こんなまどろっこしいことをする必要もなく、魔法を連発してきます。わたしたちも魔石なしで魔法が使えれば楽だったんですけどね。この内界を創ったフィドも、全能ではなかったということです。まあ、かわりにおびただしい数の魔石を遺してくれたのですから、ぜいたくは言えませんか。

 魔法の源泉は、それまでの常識では、戦いに持っていくものでした。各軍団が簡易魔法陣を運搬しながら戦っていたんです。魔石には感応範囲があり、あまり遠すぎると魔石が反応しなくなってしまうのです。魔法の射程距離にも同じことが言えます。
 それから、もし背後をついて村や町が襲撃され、魔法陣が押さえられてしまえば、途端に魔法が使えなくなってしまいます。魔法が使えなくなった人間に、魔物や、魔法が使える人間へ対抗するすべはありません。
 命綱である魔法陣は、軍団みずから管理する。それが、当たり前でした。

 けれどロド王国は、王都各地に分散して「魔法の源泉」を配置しました。
 彼らはいわば、先の支配者を追いやった「外様」の人間で、その力を頼りにされてはいましたが、力が衰えてしまえばどんな裏切りの連鎖が待っているのか予測できません。しかし、近衛部隊を新設し、手厚い警備の王都で「魔法の源泉」さえ握っていれば、裏切りに神経をとがらせる必要はなくなります。もしそんな状況で反乱を起こせばすぐ魔法の源泉を止められて、簡単に征伐されてしまいますからね。
 加えてロド族は、元の大陸から持ち込んだ、より質のよい状態で魔石を使用する技術によって、かなりの遠隔地からでも魔法が使えるようになっていたんです。

 王都のこういった部分は、反乱を抑制すると同時に、各地の統治者の特権階級化をさけるために役立ちました。ロド王国が1300年も続いたのは、このシステムによる王族への権力集中も一因だったと考えられます。

 また別の特色としては、ノルグ族の奴隷制度がありました。
 彼らはノルグ族(ロド王国はすぐに、分家のノルグ族と一般のノルグ族の区別もしなくなりました)を奴隷として売買し、市場で売り買いしていました。
 もちろん大事な商品ですから、売買前の奴隷を盗んだり傷つけたりする者は死罪です。
 ただし、買い取った後で何をしようと、それは主人の自由でした。気持ち悪い制度ですね。

 この、買った後は何をしても自由な奴隷制度は、賢王ロシュタバの代に廃止されました。
 ただし、それはロシュタバが慈悲深かったわけではありません。彼が北方のノルグ族を討伐し、『ノルグ領』に強制移住させたことによっての、実用的な理由からです。奴隷をあまりむげに扱うと、ノルグ領で大規模な反乱がおきますからね。生かさず殺さずでいこうと彼は決めたようです。
 奴隷制度そのものは王国の崩壊まで維持され、王国の騎士課程の卒業試験には「ノルグ族を道具として扱うことができるかどうか」も入っていました。わたしの引き継いだ『記憶』にはロシュタバの記憶もあるので、あまり嫌いになれないのですが、賢王なんて異名は褒めすぎですね。

 では、そんな王都の最期はどんなものだったのでしょうか。

 王国が崩壊して情報が表に出てくるまで、世界の構造はあまり知られていませんでしたが、わたしも無事に『記憶』を継承しましたし、隠されていたいろいろな情報が分かってきました。
 この世界は、外界魔族たちの住む外界の内部に、わたしたちの住む内界が含まれています。
 内界はもともと、外界魔族の内輪もめでフィドが創った世界なので、外界魔族はわたしたち内界族を忌み嫌っています。彼らは、ときおり開く世界のひび、『異界の門』からやってきては、わたしたちを滅ぼそうとしてきます。
 といってもいまのところは『異界の門』が開く頻度も数百年単位で、門も小さすぎるらしく……。ときおり政争に敗れた強力な魔族を送り込んでくるだけのようです。
 ただ、彼らは信じられないほど長寿でひとりひとりが一騎当千、わたしたち内界族などを魔物に変えてしまう魔法陣も知っているので、古くは「魔王」とよばれ、何度もロド王国を窮地に追いやりました。

 王都最後の日、王都を襲ったのはやはりその外界魔族の軍勢でした。
 ある慎重な外界魔族の一群は、長年の調査の結果、人間社会について熟知し、ロド王国の弱点「魔法の源泉」や、ロド王国の政務を回しているのが「五長会議」とよばれる一部の人間たちだったということまで知っていました。

 そのとき初めに異変に気付いて対処したのは、ロド王国最後の騎士団長レイ・アスタス様でした。彼女は今も存命で、わたしの最も頼りとする人間のひとりです。
 レイ様は、当時の彼女の部下たちの証言によると、王都各地に応援を求める伝書鳩をありったけ飛ばすよう指示し、自身は外界魔族の一人と激戦を展開したようです。
 しかし残念ながら、破れてしまいました。
 彼女自身は、腕を落とされ瀕死の所を、かろうじてフォード(後述)に救われたのですが、そのときは戦死したと認識されていました。
 外界魔族は、ロド王国で最も魔法にたけた神学長リンド・バルテン、わたしの叔父(ということになっている)宰相ラデク・ロド、わたしの祖父(ということになっている)国王パウル・ロドを殺害しました。わたしの父(ということになっている)王都北辺領総督ステイシス・ロド、わたしの兄(ということになっている)王都北部城塞将軍エル・ロドも、駐留先で殺害されました。エル・ロド殺害の際、ちょうど陣中見舞いにやってきていたわたしは、侍女の格好をすることで……侍女の皆さんの死体の下で、生きながらえ、ログナ様に助け出されました。
 肉親(ということになっている人たち)が殺害されても、何も感じず、やっと神官長という牢獄から解放されるとしか思いませんでしたし、わたしもロド王国のことをどうこう言えるほど、褒められた性質の人間ではないのです。

 話が少しそれましたね。
 いずれにしても外界魔族は、たったふたりの外界魔族と数万の魔物で王都を機能不全に追いやったのです。
 王国の絶対的な支柱であった「騎士団長死す」の報は瞬く間に駆け巡り、王都の人々は戦意を喪失、それぞれの集団がばらばらに逃げ出し始めます。
 ここに、王国は滅びました。
 わたしがいちばん尊敬するレイ様が、死に物狂いで支えようとした王国の首都ですから、あまりけなすのも気が引けるのですが、わたしたち神官長候補生を人形みたいにいじくりまわして『記憶』という情報資源を活用し、ノルグ族の奴隷制度で私腹を肥やしてきた●●●●●どもには、当然の報いですね。

 多くの王都の人間は外界魔族によって捕縛され、魔物に変えられます。そして数十万におよぶ魔物の大軍勢が後日、カロル兵団を襲うことになります。
 いくら王国嫌いのわたしでも、魔物に変えられた人々までけなすことはできません。
 彼らの身体が安らかに土へと還ることを願って、第二項を終わりたいと思います。
 次は、王国の絶対的支柱だったとご紹介した、レイ様の人物伝です。