元王女の王国滅亡物語り

都市伝1 王都 復讐者が産んだ聖都


 おはようございます、こんにちは、こんばんは。
 今はカロル歴2年の3月15日です。
 ロド王国が滅亡してから、一年と少しが経ちました。
 ロド大陸に唯一残った内界族の組織、カロル兵団による治世が始まりましたが、相変わらず魔物との戦いにまみれています。わたしもみなさんもぼろぼろです。わたしがいつまでも生きていられるという保証もないので、現時点でわかっている過去の歴史を、簡単に書き留めておこうと思ってペンを手に取りました。
 この冊子では、滅亡したロド王国の都市や文化、重要人物について少し気楽に書いていく予定です。真面目な考察はあとで歴史学者の皆さんと共に研究書としてまとめるつもりですので、これは物語りのようなものだと思ってください。

 わたしがいったい誰なのか、軽く触れておきますね。わたしはロド王国の元王女兼、元神官長、ラヴィーニア・ロドと申します。数え年で19、趣味は歴史書あさり。『ロド王国崩壊』の際、現在はカロル兵団の将軍を務めるログナ様に助けられて、こうして文章を書いています。『ロド王国崩壊』やログナ様については、おいおいお伝えしていきます。

 いきなりですが、わたしはロド王国が大嫌いです。
 王族の女に王位継承権はなく、ロド教の神官となることが慣例です。さらに素質ある一部の神官は、神官長を目指すことになります。
 神官長候補となった者には、自由はありません。王国地下に存在する『記憶遺産』を受け継ぐために、記憶継承魔法を習得することのみを目標として生かされます。その過程で廃人になるかならないかの、厳しい耐久訓練を繰り返します。その訓練が本当にひどいんですよ。来る日も来る日も、他人の記憶を、魔力線を通じて魔力核に注ぎ込まれる苦痛ときたら。
 わたしが受け継いだ『記憶』によれば、この訓練で廃人になった神官は歴史上、数知れません。わたしの代にも、神官長候補の子が何人かいたようですが――会ったことはありません――彼女たちは訓練の最終段階で発狂したそうです。
 いまこの記述をしているわたしも、「ラヴィーニア」「王女」「神官長」と自分で思いこんでいるだけの別人かもしれませんね。

 さて、このまま書き続けたらただの日記になってしまいますね。愚痴りたいことは尽きませんが、そろそろお話に入りましょうか。
 記念すべき第1項のテーマはロド大陸南東部、旧ロド王国に存在した『王都』です。第2項との前後編に分けてお届けします。
 王国が存在した最後の年、王国歴1295年から、翌カロル歴1年にかけて起きた『ロド王国崩壊』の一連の流れのなかで、王都もまた滅びました。

 王国の成立まで、名前のついていなかったこの大陸には、無数の勢力が乱立していました。
 そのなかでもっとも力を持っていたのがノルグ族と呼ばれる民族でした。彼らは陽の光に祝福された褐色の肌を持ち、鮮やかな騎馬戦術を駆使して人類同士の戦いを有利に進め、魔物とも対等に渡り合いました。
 しかしその権力構造は、本家を統治者として立て、分家が兵力を差し出すという、いびつなものだったのです。成立した時点で権力闘争の種が蒔かれていたと言ってもいいでしょう。

 穏健派の本家と、勢力拡大派の分家。もちろん細部を見ていけばこんな単純な図式ではありませんが、ひとまずそうくくっても間違いではありません。
 ふたつの勢力の対立が頂点に達したとき、本家に異様な少女が保護されます。
 リリーという名の少女のまわりには、常に黒い霧がまとわりついていました。彼女が喜び笑顔を浮かべれば霧は薄くなり、怒りや哀しみを表せば霧は手の付けられないほどあふれだします。黒い霧……闇魔法を使える人間は当時も認識されていましたが、彼女は常時闇魔法を発動している状態でした。彼女は闇魔法に愛されていました。
 リリーはその異質さゆえにあらゆる社会で受け入れられず、放浪し、強力な魔物の群れに襲われていたノルグ族本家を救ったことでようやく生きる場所を見つけます。
 居場所を見つけたリリーの、本家に対する献身は比類がなく、彼女は襲い来る魔物を次々に滅ぼしてゆきます。
 子供の戦意高揚をはかる物語なら、ここでめでたしめでたし、ですね。

 ただ、その幸せも長くは続きません。
 本家を滅ぼすべく計画を練っていた分家の人間たちにとっては、リリーの存在はまさに絶好の口実だったのです。
 リリーの異様な姿は、分家の扇動により町から町へ噂として駆け巡り、流れるたびに尾ひれがつき、恐怖となって広がっていきました。
 ついには、本家はリリーの引き渡しを拒否したとして、分家が一斉に蜂起します。
 リリーがいれば、人間の攻撃などまったく問題にもならないのですが、分家も馬鹿ではありません。魔物が本家の支配する街を襲うように仕向け、彼女が連日連夜の魔物との激闘で疲れ果てた時を狙って、襲撃したのです。

 こうして本家の人々は一人残らず処刑され、ノルグ族の支配権は分家に移りました。
 しかし分家の人々にとっての唯一にして致命的な誤算は、リリーを殺し損ねた事でした。リリーにノルグの名字を与え、一族の娘のようにかわいがっていた本家の人々は、身を挺して彼女を逃がしていたのです。

 リリー・ノルグは逃げました。以前放浪していた時と同じように、雑草や木の皮を食べ、人家があれば果実や貯蔵肉を盗みます。
 逃げて、逃げて、逃げて……。ついには海岸へとたどり着きました。そこで出会ったのが、異大陸の魔物に追われて逃げ延びてきていた、ロド族と名乗る集団でした。
 ロド族はこの大陸にも魔物がひしめいていることに絶望し、生き延びるためにはどうすればいいか、悩んでいたところでした。

 わたしはこの出会いを『記憶』から「引き出す」とき、いつも決まってぞくぞくします。
 これから何が始まるのか。もちろん決まっていますよ。
 復讐です。殺すためだけに殺す。何の慈悲もない大量殺戮です。

 リリーの能力は、決して人間に対して使ってはいけないものです。
 あらゆる魔法は彼女の闇魔法の前には無力でした。
 休養する時間さえ作ってやれば、誰も彼女には勝てません。
 彼女が「殺そう」と思えば人は死ぬのです。

 生まれもった力に恵まれすぎている? そうですね。それがわたしたちの生きている世界です。
 ノルグ族は、ロド族の支援を受けたリリー・ノルグによって殺しつくされ、大きく数を減らし、ロド大陸の北端、険しい山岳地帯に逃げ込みました。
 さすがのリリーも、そこまで追いかけては行きませんでした。
 いくら殺しても、本家の人々は帰ってこないという、ありきたりの、しかし切実な虚しさを感じていたからです。

 リリーと共に戦っていたロド族は、ノルグ族分家の支配していた村々をそっくりそのまま支配し、国をつくる準備を始めます。
 共同体の中心には、何か共通の意識を作り上げるための装置が必要です。彼らは自分たちの大陸にあったロド教の聖典を改変し、リリーを聖母とするロド教を、共同体維持装置にすることにしました。

 あれだけ殺しまくっていた女が「聖母」扱いですよみなさん。楽しい国ですね。
 リリーはそのことを自覚していたので、自分が聖母になるという皮肉な提案には素直に頷けず、自分を二つに分けることにしました。ノルグ族分家の捕虜のなかから選ばれた少女の身体に、魔法の形で自分の意識をコピーして、自らはのちの世界で起こる災いのために、地下につくった封印部屋で眠りについたんです。もちろん土台になった少女は意識を「上書き」されて死んでしまいました。リリーはノルグ族分家を人として見ていませんでしたからね。

 どうして意識をコピーするなんてことができるのかは聞かないでください。リリーは、創世神フィドに次ぐ存在なので、理由を考えるだけ無駄です。
 ただ起こった事実としては、リリー本体が眠った深い地下空間の真上が宮殿となり、王都の位置が定められたということです。

 次は滅亡するまでの王都の様子を見ていきます。