8

「――二体の熱源を感知。応戦しますか?」
「――慎重に進め。ただし銃は使うな。跳弾で自滅する危険がある」
「――それにしても単独行動なんてしていいんですか? まあ、相手が二人なら大丈夫だと思いますけどね……」
 下水道に反響するような形で耳に届く足音や声から察するに、敵は五人だ。足音を消しきれていない四人に、隊長が一人といった構成だろう。一人で五人を相手にする……。あの力を使った後の発作を思い浮かべると、額に汗がにじんだ。
 しかし、やるしかない。千絵は気合を入れ直し、自分だけが有利な範囲に敵が入り込むのを待つ。どんなに常人が訓練したとしても対応できることのない範囲……。そこに敵が足を踏み入れるときが絶好の好機。敵が熟練した者であればあるほど、衝撃と混乱の度合いは大きく、その隙を突いて……殺すことが出来る。
 銃の差し込まれているホルスターの位置を確かめ、すぐに取り出せるような状態になっていることを確認してから、右手にナイフを構えた。
 ――来た。千絵は音を押し殺して跳躍し、先頭にいた敵の眼前に降り立つと同時に、その側頭部にナイフを突き刺す。そして左手でその兵士を盾にするようにしてから、グロックを右手に滑り込ませ、滑り込ませると同時に味方の名前を叫んだ敵に二発、足音が遠のきかけた二人へ一発ずつ撃つ。
 暗闇に慣れてきた目が捉えた、千絵の首を狙って振り出されたであろう敵の一閃を左肘で軽く受け止め、間髪いれずに胴のあたりへ蹴りを一発。倒れこむことを許さず背後に回りこみ、敵の首を腕全体を使って固定し、骨を折る。
 下水道に響き渡った快音とともに崩れ落ちた、隊長らしき人物の死を以って、敵は全滅した。

 直後、激しい力の虚脱が起こる。久しぶりの戦いで、耐性がそれほど回復していなかったらしい。千絵は集中力が切れたように床にうつ伏せに倒れ、"その力"を自力で抑えようと試みる。そしてその試みはいつものように失敗し、意識は徐々に失われていった。
 
 

          ◆

 
 
 千絵が目を覚まして体を起こすと、一郎はすぐそばの壁に寄りかかっていた。
 そして辺りを包む異臭は、まだここが下水道の中であるということを教えてくれた。
「大丈夫?」
 と聞かれたので、黙って頷く。
「さっき武田から連絡があって、内部の事情で配置転換までにまだしばらく時間がかかるって言ってた。あの食料を使ってしばらく凌いでくれ、だってさ」
 この場所で一週間も過ごせるのか。具体的にいつになったらマンホールは開くのか。それ以前に一週間分の食料はどうするのか。様々な疑問が瞬時に浮かび上がったが、次の一郎の言葉でその疑問はかき消された。
「その間にひとつ、頼まれて欲しいことがあるんだけど。この場所にいる、小野さんっていう医者を尋ねて欲しいんだ。たぶん、千絵にもメリットはある話……」
 一郎はそう言いながら、錠剤のようなものと一緒に、小さな地図を取り出した。地図には現在地や今まで通ってきた場所――江別駅や三井グリーンランド――を目印にした目的地までの大まかな道のりが書いてあり、普通に歩けば八時間、どこから地上に出れば安全なのか、という二つのメモ書きが添えてあった。
「メモと地図を頼りにすれば間違いなくその病院にたどり着く。着いたらそこにいる白髪頭のじいさんにこの薬を渡してくれ。"ストレイジ"の発作の抗体が貰える。……"ストレイジ"は朝鮮軍にもいるって聞いてたけど、千絵もそうだったなんてね」
 彼は、語尾に親しみを滲ませて言った。
 千絵は、この五日の迷いを彼から一時的に離れることで転換させようと、引き受けた。要は地図の通りに病院へ行き、指示の通りに薬を渡せばいいのだ。信頼を得れば、まだ任務遂行の機会はある。それに、"ストレイジの発作"の抗体というのも興味深い。
「服、その兵士の借りた方がいいかもしれない。そんな格好だとすぐに見つかるから」
 千絵は、改めて自分の格好を見下ろした。血と泥まみれになり、汗で濡れて下着がくっきりと浮き出ているTシャツに、Tシャツと同じように元色をとどめておらず、所々破れた痛々しいズボン。これでは朝鮮軍の目を引きつけながら歩いているようなものだ。まだ脱走は朝鮮軍の末端にまで伝わってはいないだろうから、一郎の言う通り朝鮮軍の服に着替えることにした。
「俺は……ここに残って待ってる」
 一郎は相当疲弊しているらしく、話を終えると目を閉じて横になり、すぐに眠りに落ちたようだった。
 千絵は真っ黒になったTシャツとズボンを脱ぎ、積み上げてあった朝鮮の軍服を着る。軍服は夏場の進軍の為か、水を吸ったような重さになっていたが、敵を欺く為にはこの服を着るのが最良の策に思えた。服は自分と同程度のサイズで、不審な点はどこにもない。千絵は着替えると同時に歩き出そうとし、立ち止まる。
 ……このままで、いいのか? 自問する。その自問には、まだ時間があるという言葉が応え、無防備な彼から上手く視線を外すことができた。そしてしばらく立ち止まった後に、再び千絵は歩き始めた。
 
 
 地図の指示通り、元来た道を通り過ぎて、そこから数えて五番目の梯子を上りきると、そこは来たときには通ったことのない場所だった。下水道の暑さで少しだけ上気した顔を外気で冷ましてから、ゆっくりと手に持った地図を広げる。
 下水に入る前と変わらず、空は雲ひとつないほど晴れ渡っていた。
 
 

          ◆
 

 
「岩見沢は、我々朝鮮軍が制圧した。男は残らず岩見沢基地まで出頭せよ。期限は本日までだ」
 "もし、逃げたりした場合は、必ず見つけ出して殺す"と、小野は脳内で補完した。
 外では数日前から流れ始めたこのアナウンスが、繰り返し再生されている。男の借り出された街は静けさが溢れ、息を押し殺したような重苦しい空気に包まれていた。
 男という男は老人、子供問わず借り出され、明日からは脱走者の追跡が始まるだろう。見つかるのも時間の問題だ。
 しかし、易々と捕縛される訳には行かない。
「今日が期限だぞ。まだここを逃げないのか」
 街と同じように静まり返った場の沈黙を破り、再度確認をする。
「いや、もう少し待ってください。今日、岩見沢に台風が直撃するみたいですから。……それくらいの事が起きなければ、逃げ切る自信はないです」
 言い切ると、僕は準備があるのでこれで、と言って中庭を後にした。
 
 
 安藤が自分のところに夏樹と次郎を連れて現れたのが五日前。生き残った民間人を撤退中の専衛軍に引き渡した後、札幌に入る前にここに来たと言っていた。一郎はどうしたんだと聞くと、専衛軍と共に札幌へ向かったと答えた。
 普段は小野に対しても相好を崩さない安藤が、真っ先に自分の身を案じてくれたのは意外だった。だが、自分の身の安全が確保されると、今度は一郎のことが気になり始める。
 良く考えてみれば薬は今月分を補充していないはずだ。発作が起きてもある程度は自分で抑制できるだろうが……。
 三年前、突然出現したもう一つの人格によって、一郎の精神的なアイデンティティーは崩壊した。それだけは確かだ。が、他の被験者のように精神的異常を来たしたりせず、一郎が二つの人格を宿した状態でとどまっている理由が何であるかは、いまだに分からない。
 踏みとどまらせている箍(たが)となっているのは人格が現れたときと同じような、実験による作用によるものなのかどうか、それすらも分からない。そして、その箍が外れたときに、一郎はどうなるのか。それすらも。
 考えているだけで疲れてくる思考を打ち消して目を開け、外の様子を見る。辺りはまだ昼間だというのに、雲に覆われまるで夜のような暗さになっていて、今にも雨が降りそうだった。感じた直後、雷鳴が辺りに轟いた。そして雷鳴と共に降り出した雨は、とてつもない勢いで中庭の窓を打ち始める。
「……先生、そろそろ準備を」
 雨が降るのを見計らったように発せられた安藤の声を聞き、振り返ってみると、彼の手には一郎の薬が入った小さめのビニール袋が握られていた。口はしっかりとゴムで結ばれている。夏樹と次郎も二階から降りてきて、全員が中庭に集まった。
 安藤から薬を受け取り、無言で荷造りを済ませた小野たちは外に出た。
 
 そこには朝鮮軍の兵士が立っていた。
 安藤がすぐに前に飛び出し、一郎と同じ型の拳銃を構える。相手も当然撃ってくるもの、と思って身構えたが、その女兵士は意外にも、頭の後ろで手を組み、その場に膝を折った。
 安藤は尚も構えを解かず、彼女が銃を持っていないか慎重に確かめ、腰に差されたナイフと拳銃を引き抜くと、抵抗する意思がないと判断したのか、グロック17をゆっくりと下ろした。
 ずぶ濡れになった髪は銀と白の中間としか形容できない色をしていて、小野の白髪頭とは一線を画していた。彼女はゆっくりと腕を解いて立ち上がると、握っていた手の中身を見せた。
「……これを届けて欲しいって」
 疲弊しきった体から無理矢理出されたような声を聞き、小野は警戒を解いた。
 血のにじんだ弱々しい手のひらにちょこんと乗った錠剤を受け取り、本物であることを確かめてから、また手のひらに戻した。
「……安藤、急がないと一郎が」
 隣で薬を眺めていた安藤も、その言葉に頷いた。
 しかし夏樹が札幌の方へと向かう街路へ進もうとしたとき、安藤は彼女の肩をしっかりと掴み、動きを止めた。
「……痛い」
 安藤は、不機嫌な調子で睨んだ夏樹を見て、
「誰がこの豪雨の中を、歩いて札幌まで行くなんて言った?」
 と言った。その顔には、どこか得意げな微笑が浮かんでいた。
 独特な二人の雰囲気に呆気に取られていた女兵士に、彼は拳銃とナイフを返すと、病院の裏手にある駐車場へと向かい、四台のバイクを披露した。会社で学んだ窃盗犯の手口を模倣して手に入れたであろうバイクは、どれも似たり寄ったりのスクーターだった。
「先生と次郎と僕、そこの女で一台ずつだ」
 一人で運転できるだろ? と言葉を向けられた次郎は、兄のバイクで遊んでいたことを見られていたことを悟り、黙って俯いた。
「あの……私は?」
 再び声を荒げた夏樹は、安藤に非難の目を向けた。
「先生の……」
「私は無理だ。十年以上運転していない」
 安藤の言葉を遮り、きっぱりと断った。
「……私も、あまり慣れていないから」
 小野に続いて、女兵士も遠慮がちに口を開いた。安藤は残った次郎と目を合わせると、ため息混じりに言った。
「……夏樹は、僕の後ろだ」
 全員似通った形のスクーターにまたがり、最後に夏樹が乗り込んだのを確認した安藤は、
「僕から離れないでくださいね」
 と三台のスクーターに向かってふざけた口調で言った後、夏樹に何かを呟いた。何でもない風を装って前に向き直った安藤と、安藤の腰に手を回し、心なしか顔の赤い夏樹を見て、豪雨の中のツーリングは始まった。
 
 

          ◆

 
 
 突然鳴り響いた轟音で、一郎は目を覚ました。
 薬が届くまでの時間を寝ることで費やしていた一郎にとっては、いい目覚ましになったと言う程度の音だった。しかし、その音は断続的に続き、崩れ落ちたコンクリートが下水を塞ぐまで止むことはなかった。そして体を隠す暇もなく、崩落を――恐らく意図的に――免れたマンホールの穴から、朝鮮の軍服を着た兵士たちが次々に降りてくる。一郎は、すぐに目を閉じた。
 見つからないよう隠しておいた兵士たちの死体は、案の定すぐに見つかり、死体の名前を叫ぶものも居たし、それを慰めるかのような声も聞こえた。
 もちろん、一郎の体も程なく見つかった。何か罵声のようなものを浴びせられたり、腹に思い切り蹴りを食らったり、顔に唾を吐き掛けられたりしたが、兵長らしき人物の静止のお陰で、死体だということになっているであろう一郎の体への暴行は止んだ。
 数秒後、兵士たちが一斉に静まり返り、爆弾が爆発したような破裂音が下水の中に響く。それと同時に、兵士の怒号が辺りを包み始めた。朝鮮語があわただしく行き交い、下水道に詰めた兵士たちが全員居なくなるまで、その喧騒は収まることはなかった。
 

 
          ◆

 
 
「早くシートを被せろ! ホークが雨にやられたら終わりだ!!」
 豪雨にすら負けない岩波の怒号が響き渡った。先ほど時計を見たときは、核が落とされてから六日目の、午前二時を回ったところだったが、兵舎の隣に敷設されたホークの弾薬備蓄場には、十数人の人影があった。
「師団長ォ! 風が強すぎて被せられません!」
「弱音を吐く暇があったらシートを引けぇ!」
 とうに嗄れた声を尚も酷使する師団長に感化されたのか、先程よりもシートを引く力が強くなる。
 城壁の完成を受けて小樽港に進発した七千人の軍勢と、ここに残った約百人の軍勢。残された宮沢たち後方支援組は、無防備にさらされた弾薬類の暴雨対策に追われていた。
 この豪雨の中で、一郎たちはどうしているだろうか。
 この雨だ、下水の中は水で溢れていることだろう。上手く避難できていることを祈るしかない。
 そんなことを考えていた宮沢は、耳を打つ雨に紛れて、何かが小さく爆発したような音を聞いた。この兵舎群の中、歓声のような音も聞こえる。
 いよいよ自分の耳がおかしくなったかと考えたが、マンホールの守備に付いていたはずの西原の声で、それが幻聴ではないことを知った。
「敵襲、敵襲ーっ!」
 兵舎中に響き渡るような怒声が耳に届き、振り向いたときには既に西原の胸は鋭い刃で貫かれていた。
「西原ァ!」
 岩波の叫びや、体を打ちつける豪雨など気に留めることなく、小銃に銃剣を装着した青の迷彩服の群れは一糸の乱れもなく行軍を続けていた。
「総員、退却!退却だ!」
 しかし、西原が目の前で殺され、恐慌状態に陥った十数名の耳には岩波の声は届かない。自分の銃に銃剣を装着するもの、突撃銃を手に果敢に敵の群れへと切り込むもの、その場に座り込んで何かを呟き始めるもの。
 
 ――師団長を守らなければ。
 宮沢はそんな中でも何とか冷静さを保っていた。未だに退却を叫ぶ岩波の腕を無理矢理引っ張り、就寝中の兵士が多く居るテントめがけて全速力で走り出した。
 テント群の出口に行くよう岩波を誘導し、テント群の中で敵襲を叫びながら走り、徹夜明けの兵士たちを叩き起こす。その中で武田の姿を見つけようとしたが、九十人以上がバラバラに寝ているテントの中をひとつひとつ覗いていく訳にはいかず、結局見つけることは出来なかった。
 一通り伝え終え、岩波の前に全員が揃うと、岩波は早速陣形を指示する。こういう場合の機動力の高さは、普段の訓練の賜物だろう。中央に兵士を集中させ粘っている間に、選抜された別働隊が地の利を生かし背後から敵を強襲するという作戦らしかった。敵の兵力が分からない現段階で、敵を囲むように広がるのは得策ではない。別働隊に細かな指示を与えている岩波はそう判断し、中央に人数を密集して、敵を打ち破る陣形を取ったのだろう。
 陣形の編成途中、突風が吹き荒び、テントというテントを大空へ舞い上げる。隠れる場所は、もうない。視界の開けたこの場所からは敵の姿を遠くに捉えることが出来た。宮沢は突撃銃を手に敵に突っ込んで言った男に心の中で礼を言い、敢然と敵を見据える。こちらが分隊したばかりで弾薬を配り終えていない事を読んでいたのか、敵は銃剣を差し込んだ者が大半を占めている。
 
「敵の気迫に負けるな!」
 師団長の声が彼を守るようにして布陣された八十余名を沸かせる。
 間もなくして、剣と剣がぶつかる音が、開戦を告げた。
 人数の少ない左方面から突出した敵を叩く為、弾薬が残っている宮沢は銃を構えた。わけの分からない言葉を叫びながら突っ込んでくる敵には恐怖を覚えたが、的確に急所を撃ち抜く。その際に、足から崩れ落ちた敵の、狂気のようなおぞましい眼光をしっかりと浴びてしまうが、強張った体を何とか動かして目線を外し、再び銃を撃ち始める。
 銃剣は銃の性能が飛躍的に向上した現代にとって、無用の長物であるようには思えるが、未だに近接戦闘では銃剣を使った戦闘がある。物資の乏しい朝鮮軍は、近接戦闘に秀でていて、その鍛え抜かれた体から繰り出される刺突は並の速さではない。
 しかし、第十一師団も川田師団長、大沢連隊長、岩波連隊長の下、弱体化する専衛軍の中でも精鋭と呼ばれる地位を保っていた。その速さに対応できる技術は持っていたし、体力もある。人数差を除けば能力は互角。そう、人数差を除けば。
 
「きりが無い……」
 少しの猶予を使って弾倉を交換しながら、宮沢は一人呟いた。
 宮沢が左の敵軍の突出を抑えている間にも、中央の味方は殺され続けていた。ざっと見積もって二十人くらいまで減っているようだった。倒れこんだところで胸に突きを浴び絶命した兵士を見てから、すぐに視線を戻す。
 戦況は絶望的と見た宮沢は、銃剣を差し込んでいない敵を重点的に撃ちながら、岩波へと叫ぶ。
「逃げてください師団長! 今脱出すれば小樽へ向かった軍と合流できます!」
「部下を置いてそんなことが出来るか!」 
 必死に岩波を逃がそうとした宮沢の言葉で逆に奮起してしまったのか、岩波は中央へと走り出す。
 しかし、それを見逃すほど愚鈍な朝鮮軍ではなかった。何事かを叫んだ敵の指揮官らしき男の声から数秒後、中央へと移動していた岩波の横腹に、少年兵の銃剣が突き刺さる。少年兵はすぐに剣を引き抜き、止めの一刺しと言わんばかりに頭をめがけて突きを繰り出す。
「師団長!」
 しかし、少年兵の銃剣は師団長の頭を貫くことはなかった。貫いたのは頭ではなく、別の兵士の左手だった。
 そしてその手の持ち主は銃剣が左手に刺さったまま、右手に構えた大型のナイフを袈裟斬りの要領で振り下ろす。その場に倒れた少年兵を一瞥した後、無表情に銃剣を引き抜くその姿は、まさしく一郎そのものだった。
 声をかける間もなく、十人程度まで減った味方を助ける為か、中央へグロックとナイフ一本で切り込んでいった。そして、銃剣に突かれて殺されるどころか、圧倒的なスピードで敵の中を駆け抜け、敵の急所を突いては……殺していく。
 しばらく呆然としていた宮沢は、慌てて中央へと駆け出す。生き残っていた十人も声を上げて気合を入れなおし、一気呵成に攻め立てる。そして、中央にたどり着いた宮沢は、重火器類で前線を支援する為に後方に布陣していた朝鮮軍の一個中隊が、別同隊の攻撃により凄まじい勢いで討ち減らされていることに気がついた。作戦は成功したのだろうか。
 しかし、敵は考える暇を与えてはくれない。油断した一瞬の隙を狙うかのように、左足の太ももの辺りを鋭い弾丸がかすめる。
 宮沢は呆けた頭を叩き直し、すぐにそこで銃剣を手に戦っている十人に加わり攻撃を開始した。朝鮮軍の背後では、相変わらず大規模な銃撃が繰り返されている。恐らく別働隊が重火器類を抑えたのだろう。その的確で素早い判断は、まるで前もって指示、計画されたかのような印象を宮沢に与えた。
 やがて背後の銃撃と、十人しか残っていない専衛軍の正面からの猛反撃に怯んだ敵は、撤退を開始する。宮沢は撤退する敵を出来るだけ撃ち減らそうと、狙いもつけずに銃を乱射し、後方で機関銃を使用して敵軍を掃討している者を支援する。
 
 しかし、総員それ以上追撃する気力と体力は既になく、敵味方の死体が埋め尽くしたテント群に、宮沢と十人の兵士たちはただただ立ち尽くす。宮沢はその光景を改めて見渡すと、ほとんど周りの見えない風雨の中、天を仰いだ。
 その頬を伝うのはただの雨粒か、それとも涙か。それは宮沢本人にすら分からなかった。





inserted by FC2 system