元王女の王国滅亡物語り

人物伝1 王国最後の騎士団長・レイ それでも彼女は立ち上がる


1286年〜1288年 37歳〜39歳
 回復したレイは、壊滅した騎士団の再建に尽力。
 各地を走り回り、王国軍に埋もれためぼしい人材を引き抜いてまわる。
 レイを姉のように慕い抜群の指揮能力を発揮するクローセ、騎士団で一二を争う実力者だったバルドー。王制を守るため、レイ子飼いの両名を賞金首とすることに賛成したミラー将軍は、罪悪感があったのか、レイの行動を特にとがめなかった。


1289年 40歳
 国王の弟、ミラー将軍が戦死し、同時に王の嫡孫エル・ロドが将軍に就任。
 レイは騎士団長を務めながら、エル・ロド将軍の補佐役にまで任じられた。
 あまりにも王国中の権力がレイに集中してしまったため、宮中ではレイによる謀反計画がまことしやかに語られるようになる。
 多忙を極めるなか、政治にまで手が回らないレイは、神官ラヴィーニア・ロドへ手紙を送り、支援を求める。
 神官長ラヴィーニアの尽力により(ラヴィーニアの尽力により!)謀反の嫌疑は晴れる。


1290年〜93年 41歳〜44歳
 相次ぐ各都市の陥落により絶望に覆われる王国にあって、孤軍奮闘する。
 彼女の活躍もあり、魔物の暴走以降の王国都市の陥落は、廃村になったロステト村ひとつに抑えられた。


1294年 45歳
 6月、カロル兵団と名乗る謎の武装集団が、旧グテル市にて蜂起。
 王国に騎士団と王国軍以外の軍が存在することは認められていなかったため、王国側は「カロル盗賊団」と呼称して対処を始める。
 九年前と変わらず、長く王都を空けることを認められていないレイは、すぐさま大部隊を旧グテル市へ派遣するが、あえなく壊滅。
 生き延びた兵士は「魔法剣を見た」と証言していたことから、レイは、依然行方をくらましたフォードか、カロルが頭領だと推測。(レイ様はこのとき、カロルの死をまだ知りません)
 魔法剣に対抗できる人間は、よほどの強さを持つか、同じく魔法剣を扱える人間でなければ難しい。以降、レイは部隊の派遣を控え、各砦の部隊に防戦に徹するよう指示。
 しかし守るだけでは、「カロル盗賊団」の勢いはとどめられない。


1295年 46歳
 10か月ほどのあいだに14もの砦を失陥していた王国側だったが、いまだレイが王都から離れることは認められていなかった。
 弟ミラーの戦死から数年、齢40《よわいしじゅう》をこえた愛姫なりと巷で揶揄されるほど、国王はレイへの依存を深めていた。
 (そう揶揄したやつが生きていたら半殺しにしてやります)
 騎士団員たちの被害の拡大を憂慮していたレイは、王都以西の大部分の砦を放棄して、王都近くの砦まで敵軍を誘い込む作戦を考え始める。
 しかし4月下旬、ある報告がレイにもたらされる。
 離島、キュセ島で、元魔王討伐隊のひとり、ログナが発見されたというものだった。キュセ島は彼のふるさとだった。
 レイは報告を受けてから、すぐさま使者をやり、1か月後の招集に備えるよう命じた。




 ここまでが、レイ様の経歴になります。
 ここから先は王都の項でふれたので、割愛しますね。
 王国が滅亡した後は、レイ様とミスティ、どちらとも強いつながりのあるログナ様の奔走もあり、旧王国兵とカロル兵団との共闘体制が確立しました。
 現在、レイ様も、ミスティとの遺恨は残りつつ、カロル兵団の一部に組み込まれています。

 あ、書き忘れていました。
 レイ様とフォードのこと。
 フォードはレイ様と同い年でした。17歳のとき、レイ様が戦場で救って以来の仲で、レイ様が団長になるまではとても仲が良かったと書きましたよね。
 実はレイ様が団長になったとき、フォードはレイ様を裏切ったわけではなかったんです。フォードは王国崩壊を目論む外界魔族の存在に気づいていて、仲間割れを装って、外界魔族が張り巡らせた情報網から逃れたんです。
 彼は、外界魔族との暗闘を繰り広げ、十三年かけて、一体でも「魔王」と呼ばれる外界魔族を数体、倒しました。カロル兵団ともひそかに連携し、ミスティの魔法剣の師でもありました。
 そして王都襲撃の際には王国民の救援に入り、レイ様が窮地に陥ったとき助けだしました。
 17歳の時とは逆に、今度はフォードがレイ様の命を救ったんです。
 ふふ。ちょっとできすぎですよね。
 レイ様はその際左腕を失い、フォードはテルアダル(後述)との戦いで右腕を失ってしまいました。
 ですのでいまは、二人一組で行動し、足りない方の腕をお互い補い合いながら戦っています。
 お二人とも素直じゃないのですが、憎まれ口のたたき合いも楽しそうですし、いつでも息がぴったりです。
 ちょっと妬けちゃいますね。
 でも、レイ様の辿ってきた想像を絶する苦闘の道のりにも、少し救いがあってよかったなあ、と素直に思えます。


 最後に、わたしとレイ様の関係について少し。どうでもいいことなので、読み飛ばしてくださっても構いません。
 わたしがレイ様を初めて見たのは、甲冑姿の彼女が王宮の中庭を歩いているときでした。
 レイ様が騎士団長に就任されたのはわたしが四歳のときですから、そのときは先代の神官が就任の儀を行っていました。
 神官はいつでも代えがきくよう、王族と一部の侍女以外、誰にも姿を見せることを許されません。
 神官は顔をすべて覆う黒い頭巾をかぶって、侍女の誘導に従い歩き、あらゆる儀式を行います。ですのでもし就任の儀をわたしが行っていたとしても、わたしとレイ様には何の親交もありません。ましてや就任の儀を行っていないわたしでは、接点すらも生まれないはずでした。
 幼かったわたしは、小さな体で中庭をさっそうとゆく彼女のたたずまいに、物語の英雄の姿を重ね合わせていました。伝え聞く彼女の武勲の数々、王国に対する忠誠比類なしという噂。歳を重ねても、彼女に対するあこがれは強まるばかりです。しかしわたしは、日も差さない暗い神官部屋で、ときおり王への謁見のためにやってくる彼女の後ろ姿を眺めるしかありませんでした。

 転機は、12歳の時に届いた一通の封書でした。
 母――ということになっていた先代が亡くなり、9歳で神官長を継いだあと、わたしは政務に携わるようになりました。若すぎると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、先代の記憶は、『記憶』を受け継ぐ予行練習として、わたしの頭の中に引き継がれていました。もちろん人前で姿を見せることもない。何の問題もありません。
 手紙の送り主は、なんとあのレイ様だと侍女が教えてくれました。
 わたしは胸に手を当て、何度か深呼吸してから、封書の端をはさみできりました。
 そこには、王宮政治においてあなたの助勢を求めたい、という内容が書かれていました。
 騎士団長は就任と同時に「五長会議」の一員となります。団員時代とは違って、政治力も必要な立場になるのです。
 レイ様は武勇に関しては誰にもひけをとりませんでしたが、政治力はからっきしです。ロド王国の歴代騎士団長の中には、王の不興を狩って殺されたものもいます。先代とは折り合いが悪かったので助けを求められなかったが、代が変わったのでぜひ相談したいとおっしゃられたのです。

 わたしはあのレイ様に頼られたのが嬉しくて、すぐに返信を書かせました。
 最初に書いた手紙は便箋が1枚、2枚、3枚、4枚と積み重なり、5枚目を書き終えたところでふと我に返って捨てました。
 最終的にはわたしの意見の要約を侍女に書かせ、送らせました。
 するとまた返信が返ってくる。

 わたしは、レイ様とのやり取りだけが生きがいになり、あらゆる手を尽くして王国騎士団を支援させました。
 そんな毎日を繰り返す中でやがて『ロド王国崩壊』が起き、ログナに助けられ、レイ様と、対面したのです。
 レイ様は手紙のやりとりしかしたことのないわたしと実際に会い、予想外の幼さに驚かれていました。百戦錬磨のレイ様の驚く顔が見られる人間はあまりいないでしょう。少し愉快な気持ちでした。

 ともにカロル兵団の成員となったいま、レイ様はときどき図書館を覗いて声をかけてくださるので、わたしはそのたび、舞い上がるような気持ちになります。
 王国への恨みと、神官という立場から解放されたことでできるようになった様々なこと。
 自分の中に根強くある、王国が滅んでくれてよかったという気持ちを、わたしはどうしても否定することができません。

 ちょっと感傷的になってしまいましたね。歴史家失格です。
 ではまた、次回。