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 大抵、書き上げた時には今までよりいいものが出来たと思い、与田と及川にその自信をゴミ扱いされるのが決まっている展開だったが、今回だけはどこか感触が違った。自信があるというよりは、これが駄目だったらどうにもならないな、本当に作詞やめようかな、という不安の方が強い。
「駄目かな」
 顔を上げずに俯き加減のまま、コーンスープをスプーンで無意味に掻き回した。与田と木戸と及川は三人ともそろって、新曲の歌詞が書き込まれたノートをじっと見つめて黙っている。
 仕方なく私は掻き回すのをやめてスープをすくい、口に運んだ。甘ったるい。
「いいんじゃねぇの」
 沈黙を破り、与田が投げやりに答えた。私は顔を上げて与田を見た。
「直すとこはない。つーか、手ぇ入れるとバランスが崩れそう」
 少しつまらなそうな顔をしている与田の言葉に、及川も頷いた。木戸のフォローが効いたのか、この間のライブの失敗の後、及川とも仲違いせずに済んだ。
「待っただけの価値はある」
「ああ」
 木戸までもが同意したので私はほっとするやら照れるやらで苦笑いした。今回の詞を生み出すまでに払った代償は決して安くない。
「気持ち悪。いっつも口が裂けても褒めたりしないのに。この間、いきなり泣いたりしたから気ぃ遣ってんの?」
「違う。これ以上良くする方法が短時間じゃ思い付かないんだよ」
「及川、鳥肌立つからやめて」
「こんな歌詞が書けるなら、これからも上のレベル目指してやっていけそうだな」
「だからやめろって」
 本当に鳥肌が立ち始めたので腕をさすると、それを見ていた与田と木戸が笑った。
 ファミレスを出ていつものようにメンバーと別れた後、歩きで来ていた与田と、なんとなく一緒になった。私は自転車で来ていたので普段だったらすぐに追い抜いていく所だったが、「タイヤが変になった」と自分でもよくわからない理由をつけて押して歩いた。からからと自転車の車輪が回る音が響く夜道で隣り合って歩き、だらだらと他のバンドやライブの展開について話をした。
 与田が住んでいるアパートの前で彼とも別れ自宅に戻った私は、深夜のコンビニバイトのシフトに入る前に、一時間ほど仮眠を取ってから部屋を再びあとにした。


 新曲の評価が耳に入ってきたのは、録音をしたあと少し経ってからだった。与田から聞いた話では、新曲はレーベルや事務所でも好評で、今までよりも多くのCDを出荷することになりそうだということだった。キャンペーンも積極的に組んだから、各地のCDショップを回ってくれとも言われたらしい。そして与田は、言いにくそうにこう切り出した。
「先輩のバンドのメジャーファーストアルバムが出るんだけど、発売日から始まるツアーの初日、知名度上がるから前座でやれって」
 同じ事務所に所属している先輩のバンドとは、今でも仲が良いと思われている。実際、先輩以外のバンドメンバーや及川や木戸は、私がまだ先輩を尊敬していると思っているだろう。進んで引き受ける前提で話が運んでいるだろうし、断るわけにもいかない。
「しょうがないだろ、それは」
 木戸と及川が帰った後のラーメン屋のカウンター席で、私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「何がしょうがないんだよ。これからも何度かこういう機会があるかもしれない。前例は作らないほうがいい」
「は? なら与田、断ってくれんの? 千人も集まる場所でやれるなんてバンドからしたら絶好の機会だし、木戸も及川も事務所もレーベルも、納得するわけないじゃん」
 餃子を箸で二つに割って、冷ます間に麺をレンゲに載せてから口に運んだ。
「お前が断りたいなら、断る」
 与田は淀みなく答えた。私は少し迷ってから、
「いい」
 と小さく呟いた。
「それに何かあったら、与田がなんとかしてくれるんでしょ?」
 そしてなるべく明るい口調で続け、与田の方を見た。しかし与田はにこりともせずに私を一瞥しただけだった。言葉が空滑りした。
「呑気なこと言ってんじゃねぇよ」
「え」
「本当に俺が助けるって思ってんのかよ? その場の雰囲気で言っただけかもしれないのに」
 与田はチャーシューを齧った。彼がチャーシューを咀嚼し終えるまでじっとその手元を見つめる。
「尊敬してたんだろ、先輩のこと。部屋中壊されて、手まで出されそうになって、まだ他人の善意を信じてるわけ?」
 強い口調。私は視線を餃子に戻した。
「与田は、信じても大丈夫。四年も一緒にやってきたんだから」
「先輩もそのくらいの付き合いだろ」
「寂しくなること言わないでよ。とにかく、信じてるから、お前の事は。おかゆ作ってきてくれたときに、信じるって決めた」
「そんなことで信じるなって言ってんだよ。俺はなんかあっても知らないから。それでもいいなら、前座、引き受ける」
「いいよ。引き受けて」
 私はちょうどいい温度になった餃子を口に運んだ。与田は溜息を吐いた。
「何があっても責任取れないからな」



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