65 エピローグ(4) ただいま


 ログナが東門に着いた時にはすでに、イシュと十数名の兵士と非戦闘員たちが、集まっていた。
 見送りに来たのだろう、車いすに乗ったルーアと、その車いすを押すトライド、革の鎧を身に着けてすっかり兵士の一員として溶け込んでいるラヴィーニアの姿もあった。
 ログナは、ルーアたちのそばに近づいた。イシュもいる。
「よお」
 歓談していた四人は話を切り上げ、ログナを見た。
「隊長……じゃなくて、ログナ様。もうすぐ出発ですね」
 ルーアが言い直した。
「ああ。留守は頼んだぞ、お前ら」
「まっかせてくださいよ」
「はい。絶対に誰も傷つけさせません」
 ルーアとトライドがそれぞれ、頼もしく言い切った。
「キュセ島の方々とお会いできるのが楽しみです」
 ラヴィーニアは微笑んだ。
 ログナはその笑みを見て、
「ところでラヴィ、本当にいいのか、その待遇で。元王女様が一兵士の待遇なんて、いくらなんでも……」
「やめてください、滅んだ国の話なんて。わたしにとってはむしろ、一兵士の方が都合がいいんです」
「そう、実はこの子、シャルズ……様から、カロル兵団の正史となる歴史書の執筆を任されたんですよ」
 ルーアが言って、ラヴィーニアを見上げた。
「本当か? すごいじゃねえか!」
 ログナが言うと、
「正確には、シャルズ様たちとの共同執筆ですけどね。何年……いえ、何十年かかるかわかりませんが、これほどやりがいのある仕事は他にありませんよ。王国が滅んでくれて本当によかった」
 聞いているこちらがどきりとさせられるような、物騒な呟きが最後に付け足されたが、ログナは聞かなかったことにした。
 そこで、東門へ歩いてくるミスティの姿が見えた。
「まあ、お前が楽しそうでよかった。頑張れよ」
 ラヴィーニアの頭に手のひらを押し付けてから、踵を返した。レイが見ていたら殺されるかもしれない。肩越しにトライドのほうを振り返り、
「じゃあ行ってくる。行こう、イシュ」
 続けてイシュに声をかけると、イシュは軽く頷いて、あとについてきた。
「揃いましたね」
 そしてすぐに、ミスティの声が聞こえた。
「これより点呼を行う」
 ミスティがログナの隣を通り過ぎながら言うと、めいめい雑談に興じていた兵士たちが、慌てて口をつぐんだ。
 ログナたちの名前がひとりひとり読み上げられていった。
 これから、カロル兵団が人型魔物と接敵した際に放棄した砦の一つ、ビゲル砦まで向かうことになっている。その後、ビゲル砦に置かれた船で川を下り、ローサート港まで下る。カロル兵団が占有していたローサ―ト港で、魔力で動く新型船に乗り換え、王都東のキイラ軍港へ。そこから、キュセ島に針路をとる。
 陸路だと危険で日数のかかりすぎる道も、膨大な魔力をもつミスティを乗せた新型船による海路ならば、時間を半分以下に短縮できる。
 点呼が終わり、
「他の隊は、予定通り先に出発したようですね。それぞれ無事に着くといいですが」
 ミスティは呟いた。
「あいつらなら大丈夫だろ。今のこの大陸には、人型魔物はいないはずだからな」
 フォード隊とウィルフレド隊は、テルアダルが死ぬ間際に『人間を飼っている』と言った、大陸の西方へ旅立った。旧ロド王国もカロル兵団も、地図に描いたことのない未踏の地であるため、闇雲に探し回ることはできない。ひとまずは簡易拠点の構築と魔物の排除、補給路の確保が主な仕事だ。そしてレイ隊、テルセロ隊は王都へ、シャルズ隊、テイニ隊は王都北部城塞へ、それぞれ生存者の捜索に向かった。ログナを含めたミスティ隊は、他の場所とは違って二百名前後の生存が見込まれるキュセ島で、確実に人名を救出するために、この三名の選出となった。
「隊列を組み直して」
 ミスティの号令を受けて、それぞれ隊員たちが動き始めた。
 ミスティが先頭、イシュが中央、ログナは隊の最後尾で、それぞれ兵士と非戦闘員を守る配置についた。
 非戦闘員を連れてきたのは、船の運行を助けてもらうためだ。カロル兵団は川を使って砦の間を行き来することが多く、それを助けていたのは非戦闘員の船員たちだった。ときには外洋へ出て、旧ロド王国の偵察その他も行っていたらしい。旧ロド王国から手に入れたという海図も持っている。
 ログナは救援物資の満載した荷車を兵士から一台受け取り、出発の合図を待った。
「出発する」
 ミスティが言うと、隊列がゆっくり進み始めた。
 旅は順調に進んだ。先日のテルアダルと戦いのせいか、付近の魔物は激減していた。川を下っていく船を狙う飛行型魔物もいるにはいたが、弓矢をつがえる前にミスティが退けてしまうので、結局、ログナは一度も魔物を殺さなかった。魔物がもともとは人間だったという事実をまだうまく受け止めきれず、殺さずに済んでほっとしている自分がいた。
 早いうちに割り切らなければ、そんなことをぼんやり考えているうちに、船はローサ―ト港に着いた。
 けれどローサ―ト港にある石造りの突堤《とってい》の様子がどうにもおかしい。航海士や船員によると、もともと係留してあった新型船のほかに、ふたつの新型船が係留されているというのだ。
 いつでも船を出せるよう、乗員を船の中に残し、三人で、他の新型船を確認した。船内には人が居た痕跡が残っていた。
 ミスティを船の護衛に残し、ログナとイシュは、周囲を索敵しながら慎重に進んでいった。
 石造りの突堤を歩いていくと、石造りの階段があり、ログナが前、イシュが後ろを警戒して上って行く。階段を上りきった途端、ログナは風魔法の攻撃を受けた。魔法土を盾にして、乱舞する風の刃を防ぐ。それが通用しないとわかると突然、目に見えるほどの激しい風の渦が、いくつも現れた。地面を抉るように渦巻く、猛烈な風の塊。
 これほど凶悪な風魔法を使える人間には、一人しか心当たりがなかった。戸惑っている間に、その風は、近くにあった家の屋根を、空高く巻き上げてしまった。周りの物体がどんどん空に吸い寄せられるように上昇していく。
 一旦逃げようと後ろを向くと、後ろは火の海になってしまっていた。イシュが必死に闇魔法で防いでいるが、炎は地面を這うようにして、ログナたちを取り囲み始めていた。逃げ場はもうない。
 ログナは破れかぶれに怒鳴った。違うかもしれないが、どうでもいい。
「リル! バルドー! 昔馴染みを殺す気か!」
 ログナの声が、放棄されたはずの静かな港町に響き渡る。
 すぐに、周囲を覆っていた炎が消えた。目の前に迫っていた強烈な風の塊も消えた。屋根や、木や、鍋、麻袋、麻の服、革の鎧といったものが、次々に地面に落ちてくる。
 ログナとイシュは魔法土と簡易結界魔法で頭上に落ちてくるものを弾いた。
「やー、ごめんごめん! まさか人間がいるなんて思わなくてさー!」
「本当にすまない! ログナ!」
 駆けてきたのは、紛れもなく、リルとバルドーだった。
 リルは、短かった髪が、一般的な女性の長さにまで伸びて、丸みがなくなりどこか鋭さを増した顔つきもあり、だいぶ印象が変わっている。美男子だったバルドーは、長かった髪をばっさり切って、短髪にがっしりとした体つきの、部隊を率いる将軍といった形容がぴったりくるような風貌になっていた。
 だがそれでも、二人はどこからどう見ても、魔王討伐隊で共に戦ったあの二人だった。
 ログナは言い表しようのない懐かしさを感じながら、イシュとともに、リルとバルドーのほうへ向かった。リルの風魔法によって吹き上げられ、落ちた屋根が無残な姿をさらす大通りで、四人は顔を突き合わせた。
 途端、リルが目を丸くして、大声を上げた。
「ログナだけでもびっくりなのに、イシュまでいる!」
 リルが覚えているとは思ってなかったのか、伏し目がちにリルのほうを窺っていたイシュが、顔を上げた。
 リルははしゃぎながらイシュを思い切り抱きしめた。そして体を離してイシュの顔を見たあと、また抱きつく。
「ふふふ。イシュだ! イシュ! 見て、バルドー! わたしの一番弟子!」
 適当にもほどがある紹介だったが、バルドーは仕方なしに、
「よろしく、バルドーだ」
 と応えた。イシュは処理が追いつかないのか、目を白黒させている。
「相変わらずだな、リルは」
 ログナは笑いながら、バルドーに言った。
「いつもこの調子で、飽きないよ」
 バルドーも笑って答える。それからバルドーが、イシュにまとわりついているリルに、
「少し落ち着けって」
 と言うと、リルは素直に言うことを聞いて、イシュから離れた。
 ようやくまともに話ができる。そう思って話を切り出そうとすると、
「言っておくけど、ログナと会えたのも、さっきのイシュと同じくらい嬉しいから。拗《す》ねたらだめだよ」
「拗ねねえよ」
 ログナは応じつつ、バルドーに訊ねた。
「二人はどうしてここに?」
「ああ……。俺たちは、ついこの間まで、王都に隠れ住んでたんだ」
「王都に、ですか?」
 イシュが声を上げた。
 賞金首が王都に住むというのは、相当な度胸だが、カロル兵団を後にしてしまえば、二人の人間が生活できる空間は限られてくる。仕方のない選択だったのだろう。
「そう、王都。そこでそれなりに暮らしていたら、突然、王都が魔物たちに襲撃された。戦おうと思えば戦えたけど、あまりにも敵の数が多すぎたから、慌ててキイラ軍港まで逃げこんだんだ。逃げ延びられたのはほんの少ししかいなくて、しばらく滞在したキイラ軍港の物資もだんだん尽きてきたから、せめてその人たちを守ろうと思って、船を動かして……」
「で、ミスティを頼ってここまで来たわけか」
 ログナが言うと、二人はどこかばつの悪そうな顔で、頷いた。
「でも、どうしてログナが、ミスティのことを? そもそもログナはキュセ島にいるはずじゃ?」
 リルが顔を上げる。
「ああ。俺は、キュセ島に逃げ込んだのがばれて、王都に呼びつけられたんだ。十二月から、騎士団の団長補佐として戦ってた。王国が魔物の攻撃で滅んでからは、部下だった連中と一緒に、カロル兵団にいる」
「ということは、カロル兵団は無事なの?」
「無事ですよ、もちろん」
 ログナの代わりに応えたのは、ミスティだった。
 階段を上ってきたミスティは、そのままこちらまで歩いてきた。
「勝手に脱退したのに、保護してほしいなんて、ずいぶん虫のいいことを言うんですね」
 ミスティが不機嫌に言うと、二人は黙り込んでしまった。
 その意地の悪い言い回しをログナは注意しようとした。けれど、ログナの視線を受けたミスティは、
「わかってますよ。少し、言ってみただけです」
 二人に対して一歩、近づいた。
「すみませんでした。あなたたちの言うとおりでした」
 二人とも、ミスティのことをただ黙って、見つめている。
「カロルを蘇らせる方法は、魔物が使っていた、別の魔法だったんです。カロルが蘇るどころか、気味の悪い魔物が出現してしまって……」
 ミスティの顔には苦渋の色が浮かんでいる。
 それでもミスティは、無理やり笑みの形を作る。
「こんな、間違いだらけの団長でよければ、また、支えてください」
 リルはイシュを抱きしめた時よりもずっとやさしく、ミスティの肩を、静かに引き寄せた。
 素直に抱き寄せられたミスティを見たリルは、唇を噛んで、ミスティの頭に頬を当てた。
「ごめんね。大変な時に支えてあげられなくて」
 ミスティはリルの肩にうずめた顔を上げず、首を何度も横に振って、リルにしがみついていた。
 団員に見せてはいけない甘えた仕草だったが、ログナは目をつぶっておくことにした。

 レイエド砦まで行くことになったリルとバルドーたちと別れて、船はローサ―ト港を発った。
 新型船に注ぎ込まれるミスティの魔力と、操船に慣れた船員たちの助けもあり、キイラ軍港を経由するまであっという間だった。この速さで進む船の潮風を感じる気分にもなれず、魔力がないため操船の手伝いもできない。王都へ発って以来のキュセ島が近づき、じっとしていればいるほど募る不安を持て余したまま、船酔いでぐったりしているイシュや兵士たちのそばについて、ひたすらぼうっとしていた。
 イシュが何度目かの吐瀉物《としゃぶつ》を袋の中に吐いた。
 それを海に捨てに行って戻ってくると、イシュが、
「すみません。本当にすみません」
 か細い声で言った。
「いいって。これだけ揺れりゃあ、誰だってそうなる」
 実際に、イシュ以外の兵士――ずっとレイエド砦にいて海に慣れていない兵士たちは、イシュと同様の状態だった。ログナは彼らの吐いたぶんも、海に捨てた。
 速く進む弊害と言ってもいいだろう。今こうして喋っているときにも、船は尋常でないほど揺れている。
 船酔い乗組員の世話と吐瀉物係。仕事と言えば、これが仕事だ。
「なんだかもう、恥ずかしくて、死にそうです」
「自分にできないことをやってもらうのは、恥ずかしいことじゃない。イシュもたまには人を頼ったほうがいい」
「いえ、そういう意味じゃないんです。もっと別の意味があるんです」
「別の意味?」
 もう喋る気力もないのか、イシュは返事をしなかった。
 それきり黙り込んでしまったイシュに声はかけず、ログナは、次に兵士が「お願いします」とうめき声を上げるまで、目を閉じ、じっとしていることにした。
 うとうとと夢とのはざまをたゆたっていると、
「見えてきましたよ!」
 ミスティが興奮気味に船室を開き、ログナは目を開けた。
 死にかけていた船員たちから、ささやかな歓声が上がった。
 ログナは腰かけていた椅子から立ち上がって、ミスティの後を追って船室から出た。
 陸地が見えてきたので、もう、速度もゆるんでいる。さっそく船の舳先へ向かうと、ミスティが横の手すりに手を置いて、進行方向へ視線をやっていた。
 ログナはその隣に立って、手すりを掴んだ。
 真冬の冷たい潮風と、小さな雪の粒が、容赦なく吹きつけてきている。その隙間に、島影がはっきり見えていた。影どころではなく、島の港にある漁船の姿すらもおぼろげに確認できる。いくつもの漁船が係留してあるように見えた。
 生きている可能性が高い、いやまだわからない。そんな期待と不安がせめぎ合う中、
「あれが、ログナのふるさとなんですね」
 ミスティがぽつりと言って、ログナを見上げてきた。
「わたし、どうしても見ておきたかったんです。カロルが死んだあと、ログナが守ろうとしてきたものが何なのか。それを知らないと、先に進めないような気がして」
「あんな田舎でよければ、いくらでも見て行けよ。あれが俺を、育ててくれた島だ」
「ふふ。ログナを育ててくれた島、ですか。感謝しないといけませんね」
 ログナは、しばらく舳先でじっと、ミスティとともに近づいてくる島を眺めていたが、ふと思い出して、船室に取って返した。途中で、船室から出てくる兵士たちと鉢合わせした。避けてやって、船室に戻る。
 すると最後のひとり、イシュも船室から出てくるところだった。まだまだ船酔いが収まらない様子の彼女は、ログナの顔をまじまじと見つめた後、
「無事ですよ、きっと」
 とだけ言い、ログナの横を通り過ぎた。
 ログナは驚いた後、小さく笑って、肩越しに
「イシュ」
 と呼んだ。
「ありがとな。気持ちが軽くなった」
 振り向いたイシュは嬉しそうに笑って、舳先の方へ向かった。
 船室に戻ったログナは、私物が入った麻袋を引っ張り出して、中に手を突っ込んだ。一番奥に入っていた赤い襟巻きを手に取り、首に巻いた。
 育てていた孤児のひとり、ルーから、旅立つ間際に贈られた襟巻きだった。
 戦闘で汚さないよう、大切に麻袋の奥へ入れて持っていた。
 ログナが舳先の方へ戻ると、
「何ですか、それ」
 ミスティが聞いてきたので、理由を答えておいた。
「ああ、ログナが引き取ったっていう……」
「どんな子たちなんでしょう」
 イシュがぽつりと呟くと、ミスティはイシュの言葉に頷き、
「確かに、どんな子たちなんだろう。楽しみ。仲良くなれるといいけど」

 どこへ接岸すればいいか船員に聞かれたので、第一埠頭に接岸するよう言った。外からくる船のために――主に生活物資を運ぶ商船のために空けてある場所だ。この商船に加工した魚を売って、代わりに物資を色々と融通してもらうのが、この島の生きる手段だった。
 いつも通り空けてある第一埠頭に、無事、接岸できた。錨を下ろすのを手伝ったあと、船を係留するための縄を持って飛び移り、石造りの突起物に巻きつける。
 ログナが手で促すと、次々に兵士たちが降りてくる。
「雪で足元すべりやすくなってるから、気をつけろよ」
 言ったそばから、ミスティが盛大にすべった。
 慌てて腕を掴んで、支えてやった。
「ログナ、なんだか、手慣れてますねえ」
 ミスティが照れくさそうに言う。
「まあな。この十年、漁師の真似事もやってた」
 少し赤くなった耳を冷ますように触りながら、ミスティは、言われずとも待機していた兵士たちに、もうしばらくの待機を命じた。兵士がわらわらと行くと、余計な不安を与えてしまうからだ。
 港の周辺を見回すと、人の姿もないが、魔物の姿もない。
 ログナはもう、自分の中での不安がほとんどなくなっていた。
 生きている。絶対に。
 ミスティとイシュを連れて、はるか遠くまで覆い尽くしている水平線を左手に、歩く。
 やがて、王都へ向けて発った時と同じく、誰もいない魚市場に差し掛かった。
 魚市場を構成する屋台の、麻で作られたひさしに、雪が積もっている。店先を覗くと、包丁がまな板の上に放置されていた。その血は見るからに新しい。別の店は、魚をさばいている途中で、すべてを慌てて中断したような状態に見えた。
 ログナはもう、自然と顔がほころぶのを止めようがなかった。
 あまり表情の変わらないイシュも、見て取れるほどに嬉しそうな顔をして、生きた魚がはねまわっている、円筒形の箱を指差した。
「ログナ様、間違いありません。島民は生きてます」
 おかしな状況での、見慣れぬ上陸者に怯え、家の中に避難している。
 もっとも妥当な状況を考えていたとき、
「止まって! それ以上進んだら射つ!」
 ログナはその声を聞いて、笑った。
 ロド教の教会に向かう石段の上に、簡素な造りの身を隠す場所が作られていて、そこから身を現した数人が、こちらに弓を向けていた。
 女二人、男二人。その四人は、ログナが育ててきた孤児だった。
 鉄製の胸当てをつけ、一歩前に出て弓を構えている気の強そうな少女は、今、ログナが首に巻いている、赤い襟巻をくれた本人だった。
 ルーは気の毒なほど震えて、唇は紫色だ。寒さのせいだけではないだろう。それでも、島民を守ろうと、弓を構えている。
 ログナは、島のことを大切に思ってくれていることを嬉しく思いながらも、どうして自分だとわからないのだろう、とも思いながら、足を止めて四人を眺めた。
「ログナ様、髭を剃ったせいでは」
 と、イシュが小声で伝えてきた。
 賞金首であることを隠すために伸ばし続けていた、あの髭。
 ログナは笑った。
「おい、そこの四馬鹿」
 ログナが笑みまじりに言うと、途端、ルーの顔つきが変わった。
「あの髭がなけりゃ、俺だって分かんねえのか」
 言い終わるか終らないかのところで、ルーが、弓を置いた。そして危なっかしい足取りで階段を駆け下りてくる。他の三人も、それに続いた。
 真っ先にログナのもとへたどり着いたルーが、勢いよく抱きついてきた。ログナは彼女の黒い髪をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
 イレイルも、バージも、スティアも、次々に体に激突してきた。
「仕事は……仕事は、終わったのか?」
「なんで連絡ひとつ寄越さねえんだよ!」
「もう帰ってこないと思ってた。死んだと思ってた!」
 ひとりひとりの頭を、ルーと同じように撫でていった。
 押し潰されたルーが、苦しそうに呻いているのに気付いたログナは、一歩下がった。
 息ができなかったらしいルーが、慌てて顔を上げ、荒い呼吸をした。
 そしてログナと目が合うと、満面の笑みを浮かべた。
「おかえり。おかえり、ログナ!」
 ログナも笑って、応えた。
「ただいま、ルー」



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