蓬莱島 中編


 北門のモノミヤグラに詰めていた男が、下にいた仲間に北門を閉じさせ、大きな声で敵の襲来を呼び掛けた。
 北門の近くで、イトとテイと一緒に、矢じりを作っていたサカトは、手を止め、モノミヤグラのほうを見た。すると、モノミヤグラから弓を射かけようと、身を乗り出したしたムラの男の頭に、敵の弓矢が突き刺さった。ムラの男は血を吹き出しながら、前のめりになって、そのまま、モノミヤグラから落ちた。頭から落ちた彼の首は、変な形に曲がっていた。
 テイが悲鳴を上げた。サカトはそのおかげで、冷静になれた。
 間を置かず、弓矢が何本も飛んでくる。
「きたか」
 イトは弓を担いで身軽に跳び、近くの家の藁ぶき屋根に上った。
 サカトは木で作った筒に、弓矢を入るだけ詰め、弓も担いで、イトの真似をして跳んだ。テイは、弓矢の入った筒を抱えられるだけ抱えて、梯子を使って上った。
「お願い」
 サカトは筒をテイに渡した。いざというときはテイが筒を持ち、そこからイトとサカトが矢を取っていくことになっていた。
 距離が遠すぎてサカト達のいる場所までは届かなかった敵の弓矢が止み、人間の姿がちらほら見え始めた。イトとサカトは藁ぶき屋根の、敵側の斜面に陣取った。テイは安全な側の斜面に伏せさせている。サカトは何度も練習したように、弓に矢をあてがい、弦を思い切り引き絞った。イトの合図で、まず一射目を天空に向けて放った。当たったかどうかを見るな、とにかく数だ、とイトには言われていたので、そこからは次々に放つ。
 敵が北門を破ろうと、門の入口に集中した。そこで、ある程度の重さで耐え切れなくなるようになっていた落とし穴が、発動した。十数人を巻き込んで開いた大穴は、底面に、数十本に及ぶ、鋭く尖った木の槍が差し込んである。それだけでなく、大穴は、北門への入口を塞いだ。敵は門の突破を諦めて回り込み、周辺の木柵を上り始めた。今度はそこに矢を集中させた。
「エンゴをたのむ」
 やがて、矢に当たらず柵を上り切った敵がムラに入ってくると、イトは地面に飛び降りた。
 上質な糸で縫われた服を翻し、イトは、腰に差した刀剣を抜き去った。その異様な立ち姿は目立ちすぎ、ムラの中心部に向かおうとした敵が、イトのほうに殺到した。その敵たちに向け、サカトは矢を打ちまくった。
 イトは、敵の懐に飛び込み、見惚れてしまうような剣舞で敵の首を斬り、腹を裂き、足を薙いだ。
 しかし、いくらイトでも、さすがに数十人を相手にしては、勝てない。矢の残りも少なくなり、敵は何十人もいて、サカトの援護だけではとても対応しきれなかった。テイに悟らせないようにしながら、残りの矢を見て内心で焦っていると、ムラの中心部から続々と援軍が現れた。援軍は、石斧や弓矢を、手に手に持っている。
 これで大丈夫だ。
 喜んだのも束の間、矢が最後の一本になった。
 最後の一本は確実に敵を倒さなければ。そう思って周りを見回すと、柵の外の、敵の群れが目に入った。十数人が横一列に並び、手に弓矢を持っている。その近くでは、三人の、壺を持った男が控えている。
 最後の一本を、壺を持った三人のうちの一人に向けて放った。それは、肩に命中した。壺が男の手から離れ、地面に落ちた。中身が見えた。
 火だ!
「イト! 敵が、火で、何かをやろうとしてる!」
 そう進言すると、イトは、汗を滴らせ、激しく肩を上下させながら、こちらを振り仰いだ。生じた隙は、幸い、ムラの男がカバーしてくれた。
「そこからおりろっ!」
 尋常でない怒声を受け、サカトはすぐに藁ぶき屋根の斜面を駆け上った。テイの腕を取り、飛び降りる。
 勢いを殺しきれず地面に転がった。サカトは、さっきまで自分たちがいた場所を振り仰いだ。そこには、火に包まれた矢が何本も刺さっていて、あっという間に、藁ぶき屋根を、火炎の塊へと変えた。
 火花が散り、熱気が襲いかかってきた。サカトは慌てて立ち上がる。そこで、「脱げない! どうしよう!」という声が聞こえ、サカトはそちらを振り向いた。
 テイの貫頭衣が、燃え上がっていた。テイの肩に、火の矢が突き刺さっている。テイは痛みと炎に包まれ、もがいていた。
 サカトはすぐにテイのもとに向かい、炎に包まれたテイの貫頭衣を掴んだ。灼熱が手を焼いたが歯をくいしばって堪え、脱がせた。すると、突き刺さった矢の部分で貫頭衣が引っ掛かった。炎がテイの顔を炙りだした。
「耐えて」
 サカトは燃え盛る矢を掴み、勢いよく引き抜いた。テイが絶叫した。すぐに貫頭衣を脱がせた。
 今度はテイの髪に、炎が燃え移った。サカトは、燃えたままの矢を掴み、矢じりで、テイの髪をばっさりと切り落とした。ようやく、テイの体から火が、消えた。
 肩から、尋常でない量の血を流すテイが、起きあがった。見る見るうちに顔が歪んでいった。
「サカト! 手が……!」
 炎に手を晒したせいで、両手が、手首まで真っ赤に焼けただれていた。近くに、弓が落ちていたが、もう、戦闘参加はできそうになかった。
「いいから。テイは、自分の心配、して」
 サカトは、まだ燃え続けている貫頭衣を、木の履物で何度も踏みつけ、土まみれにさせて消火した。焼け残った部分を、イトの右肩、出血している部分に縛り付けた。何かに手が触れるたびに、泣きたくなるような痛みが走った。治療せずに手を使えるのは、これで最後かもしれない。
 その作業中、周囲を改めて確認した。
 火で包まれた矢が、敵を防ぐための柵や、ムラ中の家々を燃やしている。北門の手前で戦い続けているイトは、明らかに動きが鈍り、敵の一人と鍔迫り合いをしていた。その敵は、上半身裸で、その右肩から右脇腹の辺りまでには、鳥のような紋様が大きく描いてあった。紋様男の武器は、イトのものよりも光沢はないが、なにか頑丈そうな材質でできている。横からムラの男がその紋様男に攻撃しようとすると、紋様男は右手でイトを防いだまま、左手で小さな武器を取り出し、ムラの男の腕に突き刺した。
 それに気を取られたムラの男が、紋様男の仲間に殺され、そこから、人の波が崩れた。
「ひけ! チュウオウでたてなおす!」
 紋様男を蹴りつけ、距離を取ったイトが怒鳴った。一斉に、ムラの男たちが、ムラの中央、最後の防御拠点へ向けて走り出す。サカトは、走れそうにないテイに、肩を貸した。両手が焼けた今、どうあがいても、自分と同じ体格のテイは抱きかかえられない。
 しばらく必死に走ったが、ふと、違和感を覚えた。足音が、さほどしない。
 後ろを振り向くと、敵は門の入口で止まっていた。燃えて脆くなった柵を、壊している兵士もいる。
「イト! あいつら、余裕ぶってあんなこと!」
 追いついてきたが、まだ距離があるイトに対して、サカトは怒鳴った。イトが振り返り、小さく呟いた。
「まずい……」
 途端、イトは矢盾を構え、近くの、業火に包まれた家を指差した。
「かくれろ!」
 サカトははっきりと見た。火に包まれた矢が、ムラへ一斉に降り注いでくるのを。でも、矢の速度が凄まじくて、全く動けなかった。
 突き飛ばされた。
 ひどい熱傷を負ったばかりの手が、土と激しく擦れ、サカトは、あまりの痛みに足をばたつかせ、のたうち回った。泣き喚き、肩で息をしながら、目を開けた。
 イトのいた場所に、壊れた矢盾と、折れた矢が数本、転がっている。イトはその近くで、刀剣を放って跪き、左腕に刺さった矢を、引き抜いていた。そして、こちらのほうを見て、目を見開いた。イトの視線を追って、左を見る。
 四本の燃えた矢が、顔、胸、腹、足にそれぞれ刺さったテイが、地面に転がっていた。
 貫頭衣を失い、薄手の布だけをまとった体が、燃え盛っている。サカトは、立ち上がり、上から、テイの顔を、覗き込んだ。テイの右目に矢が突き刺さり、完全に、絶命していた。
 イトに右腕を引かれた。しかし引っ張られるまま、地面に尻もちをついてしまった。自分でもなぜなのかは分からないが、なんだか可笑しくなってきた。声を上げて笑ってしまった。
「はやく!」
 敵が間近に迫ってきていた。
 しかし、体から力が抜けてしまって、動けない。
 さっきまでそこにあったテイの体が、ただの炭に、近づいていく。
 サカトはその場に座り込んだまま、空を見上げた。昨日と何にも変わらない、季節外れの陽光が、降り注いでいた。
「チカラがぬけてしまったのか」
 視線を戻すと、イトが、うずくまるサカトの目の前に、立っていた。
 その隣で、テイの体が燃え続けている。
「しかたがない。ユミヤは、しばらく、つかわないはずだ」
「やめて。イト、逃げて」
 刀剣を抜いたイトは、サカトに、背中を向けた。そして、静かに息を吐きだすと、敵に向かって駆け出した。
 サカトは、その背中を見つめた。
 最期を目に焼きつけよう……どうせ、次は、自分だから。死んでから、どこかでイトに会ったら、言ってやるんだ。あのときは、格好よかったよ、って。
 しかしイトは、死ななかった。十人以上の敵を相手に、囲まれないよう、上手く立ち回り、敵の攻撃をかいくぐっていた。相手を倒すことはできないけれど、決して背中を見せず、長い槍を持つ敵だけに、ぴったりとくっついて、同士討ちを誘ったりした。守勢に徹し、決して隙を見せないイトに、あの紋様男も、手を出しあぐねている。
 その奮闘を見ている間に、サカトは、自分が、拳に力を入れ、身を乗り出していることに気付いた。体が、動いてる。
「イト! う、動けた!」
 そう叫ぶと、イトはすぐに反応した。最初に燃えて、ほとんど手の着けようがないほどの火勢になった家の中に、飛び込んだ。もしかすると、逃げ込む場所まで計算していたんだろうか。
 イトの服と違い、火の粉でも燃え上がりそうな瑣末な服を着た男たちは、火勢のあまりの強さに、追うのを諦め、こちらに目を向けた。
 サカトは、手を使わずに足だけで立ち上がり、ムラの中央、劣勢時の集合場所へ向かって駆け出した。獣相手なら、絶対に追いつかれるけど、人間相手なら、どうにか……。
 一直線に走りながら、後ろを振り返ると、引き離された男たちの中で、一人だけ猛然と追ってきている人間がいた。
 紋様男だった。
 男は、サカトのすぐ後ろまで迫ると、跳んだ。
「左に転がれ!」
 言われた通りにした。また手を土で擦った。悲鳴を漏らさないように、目を思い切り閉じた。
 薄目を開けて状況を確認すると、北門で一緒に戦った連中が、紋様男、それに追いついてきた敵と、戦闘をしていた。殺傷が瞬時に決まる敵に対して、撲殺を狙うムラの男たち。人数はほとんど同数だが、こちらの分が悪い。
 力を使い果たしたサカトは、激しい呼吸を繰り返しながら、ただ戦闘を見守った。
 紋様男の相手をしているのは、中央にいることになっているはずの、父だった。父の装備は、先端に、鋭く磨いた石がついた槍だ。しかし、大型の獣相手にも負けずに戦うはずの父が、紋様男には押されていた。紋様男はへらへらと笑いながら父の攻撃をかわし、致命的な一撃を父に与えるべく剣を振り下ろす。野生の動物相手に培った俊敏さで父がそれをかわすと、「いいねぇ」と茶化すようにまた笑う。
 父にはとても言えないが……格が違う。自分が何か、突飛な動きをして注意を引くしかない。
 すると、紋様男の後方から、イトが、現れた。紋様男と同じように上半身を裸にしたイトが、斬りかかった。
 紋様男は父の突きを容易くいなし、背後から振り下ろされたイトの攻撃を防いだ。
「セナカのキズのかりは、かえさせてもらう」
「しぶてぇなお前も。あの場面は死んどけや」
「さしたことは、ヒテイしないのか」
「してどうなるよ? お前の代わりなんていくらでもいんだよ」
 喋りながら、紋様男とイトは、激しい斬り合いを演じている。しかし、紋様男がイトに気を取られている間、父は、周りの敵に標的を移し、次々と殺していった。
 ……やっぱり、父さんは強い。
 紋様男が異常なだけだ。
 しかし、父とイトのおかげでこちらの優勢に傾きかけた所で、
「村長から狼煙! ムラに変事あり。撤退です!」
 敵の誰かが怒鳴った。紋様男は舌打ちし、すぐさまイトに背を向けて走り出した。
 イトが紋様男の背中を斬り捨てようとすると、同時に、またあの、火に包まれた矢が十数本飛んできた。射程距離外から無理に放ったのか、今度は、こちらに届かずに失速した。しかしそれがうまく、逃げる敵と、追うイトらの間に落ちた。その分、距離が開いた。
「追うな。ここで矢に当たってもつまらん」
 父が、血気にはやって追撃しようとする男たちを静止した。
「川から水をくみ出すぞ。被害の少ない家から火を消す」


 センソウは、どうやら終わったようだった。南門から突破を図った連中は父たちが撃退し、残りは北門の連中だけだったらしい。
 ムラの人間は、五十四人中、十九人が死んだ。そのほとんどが、北門側に住む人間だった。敵は北門に、多くの人間と、火の矢などの武器を割いていた。
 父が川から、木の器に入れ、持ってきてくれた水で、サカトは両手を冷やした。サカトの両手だけじゃない。家のほとんどが、火の矢のせいで、燃えた。テイの体も、燃えた。敵がムラの中で暴れ回ったせいで、やっと成長し始めたイネも、ほとんどが駄目になった。
 センソウにはカチとマケがある、とイトは言った。マケた方は徹底的に、何から何までむしり取られると。
 母と、テイの両親が、殺されてしまったと、父が、泣きながら教えてくれた。父が泣くのを見たのは、生まれて初めてのことだった。テイの両親と、サカトの両親は、とても仲が良かった。テイの父は、ちょうど一緒にいたサカトの母と、テイの母を守りながら敵と戦った。そして、三人とも、殺されてしまった、と。
 ……マケなくても。マケなくても、こうなのか。


inserted by FC2 system