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 四人掛けの席を二人で使って、俊介とあおいは列車に揺られていた。旧政府が物資の輸送に使っていた線路を使い、列車の運行は始まった。前はエペタムやその他反乱軍の関係者しか乗ることができなかったが、今では法外な料金さえ払えば一般客も乗ることが許されている。平日でも、列車の便利さを知っている乗客は多く、赤のロングシートには空席はほとんどなかった。
 斜向かいの窓際に座るあおいは外を眺めている。車内側に座った俊介も、することがないので同じ窓から外の景色を眺めていた。体感速度はお世辞にも早いとは言えないが、歩いたり、上限まで乗客が詰め込まれてよたよたと走るバスを使うよりは、断然時間の短縮になる。
「失礼。詰めていただけますか」
 二人揃ってぼうっとしていると、そんな声が頭上から降ってきた。見上げると男性の二人組で、一般客のようだった。俊介は慌てて窓際の座席に移り、スーツケースを足元に納めた。その際、あおいのズボンに膝を擦ってしまい、謝った。
「すいませんね」
「いえ、こちらこそご迷惑を」
「見た所、新政府の関係者の方のようですが、随分とお若いんですね」
 俊介とあおいのスーツ姿から判断したのだろう。中年の男性が言った。一般客と関係者を見分ける方法は簡単だ。制式に則ったスーツを着用しているのが現政府の関係者、思い思いの服装を身に纏っているのが一般客。
「姉が十九で、僕は十七です」
 俊介は淡々と答えた。
「兄弟でしたか。弟さん、私の娘と同い年とは思えませんね。その年でもうそんな仕事に就いて……。私が親だったら、気が気じゃありませんよ」
「まぁ、雑務処理みたいなことをやってるだけですから」
 捉えようによっては嫌味に聞こえなくもなかったが、好奇心が高じた上での雑音だと思うようにして、俊介は答えた。
 それから揺られること二時間ほど、甲府を発ってから五時間ほどで、新三国支部の最寄り駅に着いた。最寄りとはいえまだ距離はあるが、気になるほどではない。車外で待ち構える駅員にあおいの持つ国籍証明書類とそれぞれの職員カードを提示し、降車許可を貰った。
「嫌味な奴」
 プラットフォームの隅でスーツケースの取っ手を伸ばし、あおいは悪態を吐いた。一方的に説教じみた話を聞かされたのが気に食わなかったようだ。現政府が親しみやすいと思われているわけではない。支配している体制の中に自分より格下の者を見つけた喜びのようなものが、あの男の喋り方には始終ついて回った。それに気付かない間抜けだとでも思っていたのか、男の饒舌は最後まで続いた。
「ほっときなよ」
 言いながら、手に持った地図と実際の道路を見比べ、新三国支部への道筋を頭に詰め込む。
「分かってる」
 能面が少し崩れた不機嫌なあおいの横顔が、記憶にある姉の姿と久しぶりに合致したような気がして、俊介は彼女に分からない程度に口許を緩めた。そして畳んだ地図をポケットへ押しこみ、スーツケースを引いて歩き始める。なぜ書類を取りに行くだけだというのにスーツケースを引いているかといえば、日程に一泊する余裕が出来たからだった。往復十時間の移動で日帰りは慌ただしすぎ、その『四人組』とろくな話し合いもできないと思い、二日にした。二日のうち一日は偶然休みが重なっていて、問題になったのは残り一日。どの部署も一時の多忙は一段落している中で、二人はそれぞれの上司に休日の変更を願い出、受理された。
 歩き始めこそ震える程に肌寒かったが、歩いているうちに段々と体も温まっていった。あおいが電車内で喋ったのは、必要に迫られた二言三言だったが、新三国支部への道すがらでもそれは変わることなく、スーツケースを引く音だけが路地に響いた。後ろを歩くあおいを何度か振り仰ごうとしたが、話すべきことも思い浮かばず、ずっと黙っていた。
 埼玉地区と茨城地区とを結ぶ、新三国橋の近くにある新三国支部は、通常の業務と県境検問とを兼務する部署の一つだ。建物は旧政府の役場を一部改修して使っていて、薄汚れた白い壁が年季を感じさせる。その壁とは対照的に、真新しいコンクリートでスロープ状に整備された玄関口を歩き、玄関の扉を開けた。
「一週間前に電話した冬島俊介です。紛失していた国籍証明書類が見つかったということで、取りに来ました」
 支部の中は、慌ただしく行き交う職員と順番を待つ市民とで混雑していたが、国籍証明書類関係の受付に限っては空いていたので、暇そうに中空を見つめていた受付に声を掛けた。
「冬島俊介さん、ですか」
 彼は呆けた顔をすぐに消し、視線を手元に落とした。
「同僚から言付かってます。用件は、一週間前に発見された証明書類の返還ですね」
「その際に拘置した四人との面会も」
「まず書類の返還から手続きをします。職員カードを提示後、用紙に必要事項をご記入ください」
 エペタムの職員カードを提示すると、受付の男はカードのIDをパソコンに打ち込んだ。画面に表示されたであろう情報を確認した彼は、職員カードにボールペンと用紙を添えて差し出した。俊介はそれらを受け取り、用紙に必要事項を記入していった。
「面会の際はあちらの扉より入り、三番の面会室にお入りください。拘置されている側から面会できるのは代表一名とさせていただきます」
 書いている間、受付の男は近くにいた同僚に何やら指示してから、あおいに面会の説明をした。
「書き終わりました」
 俊介がボールペンと用紙を返すと、男はその用紙をろくに見もしないまま後方のデスクへ行き、
「こちらが書類になります」
 戻ってきたときには手に書類を持って、俊介に差し出していた。
 職員に言われた扉を開けた先は廊下になっていて、いくつかの部屋への入口があった。奥にある窓から陽が射し込み、床に反射して少し眩しい。それぞれの部屋のドアノブにはビニールひもに通された木の札が引っ掛かけてあり、札には数字が書かれていた。俊介はドアノブを順番に見ていき、三番と書かれた札を見つけ、立ち止まった。ノブに手をかけ回そうとしたが、上手くいかず、手をかけたまま一旦息を吐く。意を決して開けると、何も装飾の無い空間が広がり、部屋の真ん中は壁で分たれていた。そして壁の切れ目に嵌ったアクリル板の向こう側には、拓真の姿があった。

 部屋の隅にいた職員に、パイプ椅子に座るよう促され、その言葉に従った。座ってすぐに拓真と目が合った。俊介はなぜだか気恥ずかしくなり、笑みを浮かべて誤魔化した。だが気恥ずかしかったのは一瞬で、その後には素直な喜びが湧き上がってきた。四カ月ぶり、だ。
「久しぶり。元気、だった?」
 第一声をどうするかはこの一週間、色々考えていたが、自然と口をついて出たのはこの言葉だった。一字一句を噛み締めるようにして、笑顔で言った。アクリル板に開けられた小さな穴たちが、その声を拓真に伝えた。
「元気だよ。凛たちのおかげで」
 拓真もやはりどこか照れくさそうに、答えた。
「三人とはどうなってるかなって思ってたけど、一緒に行動してたんだ?」
「うん。本当に色々、助けられた」
 俊介が訊くと、拓真は照れ笑いを消し、静かな声音で言った。自分もこの四カ月、正確には内紛が終わるまでの三ヶ月、苦しみに苦しみ抜いてきたが、拓真も同じように苦痛を乗り越えてきたのだろう。傍から見ていたあおいが、死んだと言われて信じ込むほどの打撃を加えられて放置されれば、怪我が治るまで収入のない拓真のすぐそばには不可避の死が横たわっていたに違いない。助けられた、というのはさほど大袈裟な表現ではないはずだ。
「僕さ……最初から何もかも諦めて、あんなやり方しかできなくて、後悔してたんだ」
 拓真の置かれた状況が、自分の起こした行動によるものだということをますます自覚させられ、俊介もまた笑みを消して言った。
「佳乃って同僚から経緯を聞いた時、岩崎さんなら殺しはしないと思ってたけど、実際に拓真がどうなったか分からなかったから。僕がちゃんと説得してから行けば、拓真や凛さん達に迷惑かけないで済んだし、それに」
「そーゆーのはいいって。俺が、相手の実力も考えないで飛びこんだのがバカだっただけ」
 拓真は苦笑い混じりに言葉を遮った。苦笑いには色々な思いが込められているように見え、俊介も敢えて続きを口にはしなかった。
「あおいは? 元気だった? 少し、髪伸びたみたいだけど」
 沈黙が部屋を満そうとした所で、拓真は、あおいに声を掛けた。
 しかし話を振られたあおいは道中と変わらぬ能面のまま、俯いて床を見つめていた。生きていると信じていた俊介とは違い、あおいは、拓真が死んだと思って日々を過ごしてきた。無表情で俊介をなじった日の部屋にも、無表情を繕うことをやめ感情を露わにした日の部屋にも、ほとんど生活の痕跡はなかった。ただ仕事をこなし、ただ口に食べ物を詰め込み、ただ眠っていた。そういう部屋だった。
「死んだんじゃなかったの?」
 あおいは、俯いたまま、言う。俊介は隣に座るあおいの手元を見つめていた。落ち着かないのか、太腿の上に置かれた右手の人差し指が、小刻みに動いてスーツを擦っている。
「あー……。どーにか、生きてる。あいつは命に関わる部分は手加減したみたいだったけど、骨を折られたりはしてて、行動が遅れた」
「そう、だったんだ」
 あおいはまた、ぽつりと呟く。そして鼻をすすった後、顔を上げ、空笑いを面会室に響かせた。
「あは、やだなぁ、思い違いで、こんな……。たった四カ月我慢すれば、また会えるようになったのにね。そんなこと、考えもしなかった。勝手に拓真たちを内輪揉めに巻き込んで、俊介のこと信じないで、酷いこと言って」
 最後の方の言葉はほとんど聞き取れなかった。俊介は何か言葉を挟もうと思ったが、あおいはそこで言葉を切り、立ち上がった。
「ごめん、少し、席外す」
 立ち上がってからは早く、俊介が振り返った時にはもう、あおいは部屋の外へ飛び出していた。




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