15

 倉庫の中ではフォークリフトがせわしなく板の上に載せられた荷物を運び出し、中に停められた大型トラックに積み込んでいた。
 壁に寄り掛かり、その様子を黙って眺めながら煙を吐きだした。
「岩崎さん」
「あ? どうした、宮部(みやべ)」
 この倉庫を管理する会社の正社員……と、今はそういうことになっている髪の長い部下が、遠慮がちに声を掛けてきた。
「首長が今月の分を請求に来ていますが」
「ああ、それか。分かった。今行く」
 岩崎は吸殻を携帯用の灰皿に突っ込むと、足もとに置いてあるアタッシュケースを拾い上げた。


 アタッシュケースを受け取った後は、いつもなら話も程々にそそくさと帰っていくはずの首長が、珍しく飲み物を要求し、居座って話を続けていた。
 物資蓄蔵のため彼に名前のない街を作るよう莫大な金を使い説得した岩崎としては少々意外だったが、底の浅い利権屋の考えはすぐに読めた。
「……要するに、街として最終的な判断を下される最終査察を前に、早いとこ厄介な俺たちには出て行ってもらいたいってところですか」
「さすが岩崎君。話が早いじゃないか。最近は査察の目も誤魔化せなくなってきていてね。どうだ、もう五年もこの街を使わせてやったんだ。そろそろ……」
「散々金を受け取っておいて、随分と都合のいい話のように聞こえますが?」
 週の初めからから行われている、名前のない街の各地に分散させていた物資の回収、輸送はほとんど完成している。残っているのはこの倉庫だけだった。政府に嗅ぎ付けられる前に言われずとも場を後にするつもりだったが、下手に出ているからと言って調子に乗り始めた金にたかるハエが、妙な心変わりを起こさぬよう、釘を刺す必要があると感じていた。
 岩崎は立ちあがって懐に手を入れて拳銃を取り出し、間髪入れずに木製の机を撃った。
 机を貫通した銃弾が床で跳ね、小さな音を発した。
「なっ、何をする!」
 慌てた首長は大声で叫び、椅子から転げ落ちると、必死に後ずさりした。情けないことに、彼の足はがくがくと震えて、今にもその場に尿を漏らしてしまいそうだった。この世界では極度に気の弱い奴の方が成功すると聞いたことがあるが、それにしたって震えすぎだ。指示はできても銃弾を受け止める覚悟すら持っていない管理者の典型。こういう奴が主義主張もなく守備隊を指揮して、その命令で敵を、自軍の部下をただ殺していく。そんな奴らが、そんな政府の奴らが指揮する部隊に、長年苦杯を嘗めさせられてきた自分たちが負けるわけがない。
 内心で嘲りながら、銃をもう一度懐にしまいこみ、スーツのポケットからライターと煙草を一本取り出し、火を点け、吸い始めた。
「そんなに驚かないで下さいよ。所定の作業がちょうど今日終わるので、すぐに出て行きます。あなたが政府に金で懐柔されでもしない限り、命も、後の日本での地位も保証しますから。あなたはただ、今まで通り首長としてうまくやっていけばいいだけで」
「わ……分かった。そうしよう」
「政府の高官は常に我々の監視下にさらされています。その言質だけでは銃弾が知らぬうちに頭蓋を割っているということもありえますので充分に気を付けてください。……入口までお送りしろ」
 宮部に命令してから、岩崎は話し合いの席を後にした。
「……少し脅しすぎじゃないのか?」
 物資の積み込みの全行程終了を確認しようとしていると、大島が後ろから声を掛けてきた。
「いいんだよ。あいつはあのぐらいで」
 各トラックに向かって欲しい前線基地予定地の名称が合っているか、手元のメモと比較しながら物資のチェックリストを一つ一つ見つめ、岩崎はOKサインを書き込んだ。
「……あと二日だな。逃げないといいが。射殺しないといけなくなる」
「まあ、見てろ。手応えはあった。俺もむざむざ可愛い後輩を死なせたくはないからな」
 冗談の口調で言ったあと、特別扱いはできない、と改めて思った。あおいや俊介の驚異的な戦術展開はうちの師団には欠かせないものだ。しかしながら、一時除隊という例外中の例外を認められた者に対する非難の芽は、彼らの若さも手伝い、完全に摘み取られているわけではない。部下の前で彼らを庇うことは、機密保持のための条項を制定した岩崎ら上層部の人間が、自ら組織内の規律を破ることを意味する。この時期に組織が統制を失う、それだけは絶対に避けなければならない。
 頼むから、逃げないでくれ。三方向に延び街を出入りできる道路に、射殺を許可した私服の部下たちを張らせている岩崎は、心中でそう呟いた。



*** 



 提示された期限まで、あと二日となった。今日、明日と過ごしたらタイムリミット。
 今日は、土曜日。出勤途中で、あおいと拓真と彰が会話をしている。凛と自分は、黙って歩いている。
 言えない。言えるわけがない。ずっとそれだけが頭の中を巡っていた。しかし言っても言わなくても、結果は変わらないはずだ。なぜ岩崎は、あんな風に接触して自分を苦しめるような真似をしてくるのだろう。自分以外の生と関連してしまってる今、釘を刺さずとも、逃げることなどできやしないのに。そこまでして、このヒトゴロシのための頭脳が欲しいのか。
「俊介、どうした。そんな怖ぇ顔して」
「……なんでもない。最近重労働が多くて、疲れてるだけだよ」
「そうか? なら、いいけど」
 いつも、そう口数が多い方ではない。拓真も取り立てて勘ぐる様子もなく、話に戻っていった。三人は、他愛のない話で盛り上がっている。凛はそれを楽しそうに眺めている。普段は感じることはなかったが、やはり年長者であると認識させられる落ち着いた表情だった。ふと、彼女と目が合う。
「ん? どうかしたか?」
「……案外、普段は静かなんだなあって思って。話し方もおじいさんみたいだし」
「君も静かだな。十七でそこまで落ち着いた物腰というのも珍しいぞ。じいさんくさいは余計だが」
 俊介はその声を聞くと、視線を凛から外し、前を歩く三人へと向けた。
「先程拓真も気にしていたが、言いたいことがあるんじゃないか? 胸の辺りで何かがつかえている喋り口だ」
「……なん」
「なんでもない、はダメだ。何かあるに決まっているだろう。嘘を見破るのは未由相手で慣れている」
 彼女は断定口調で言った。少し揺れたが考えるまでもなく首を振った。
「残念だけど、本当に何もないんです」
「……そうか?」
 多少眉尻を下げ、自信をなくしたように言葉を返す。俊介はそのまま、頷いた。


 今日の仕事を終えて宿に戻り風呂に入った。そして俊介は重い胸中のまま、部屋に戻った。
 部屋では、五人が揃ってテーブルを囲んでいた。テーブルの上にはテイクアウトのお弁当。あおいは笑顔で彼女の正面の席を指さした。
「おかえり。ご飯まだでしょ? 拓真とお弁当買ってきたから、食べようよ」
「珍しいね。姉ちゃんが気を利かせるなんて」
 いつもと同じように発声出来ているか自信がないが、黙っていても不自然だったので答えた。
「迷惑ばっかりかけてるしね。たまには姉らしいところも見せないと。ほら、豚肉弁当。俊介、豚の方が好きなんだよね」
 無理やり笑顔を作り、頷く。
「俊介、お前の姉ちゃんはいい奴だな!」
 彰が横から言った。酔っているのか、顔が赤い。他人には安酒しか買ってこない姉だ。悪酔いしなければいいが。この数日で、彼は徐々に飢餓から回復し、頬の肉付きもどうにか標準程度になりつつある。
 恐らく彼らは拓真と、上手くやって行けるだろう。彰も年齢差があるのに同年代扱いされても頓着しないおおらかさがあるし、凛も普段は物静かで落ち着いている。未由は病弱だそうだが、気遣いがしっかりと出来る拓真がいればきっと問題はない。しかし、国籍がなければ何もできないのと同じだ。手続きの方法を残していこう。一時滞在に関しては厳密な本人確認は行われないはずなのでどうにかなるだろう。
 弁当の蓋を開け、割り箸で軽くほぐしてから豚肉を口に運んだ。少し冷めているが、おいしい。普段は滞在費だけで金が湯水のように消えていくものの、ここを拠点にしていると損害が少なくて済む。ちゃんとした肉を食べることができたのは久しぶりだ。
「おいしい……」
「そ、そんな深刻な顔で言わなくても……」
 あおいと拓真は弁当を口にしていない。食べ終わったのだろう。じっと俊介の食べる様子を見ていたらしかった。
 またも言葉に詰まりそうになったが、拓真が助け船を出してくれた。
「久しぶりだもんな。肉なんか食ったの」 
「ああ、うん」
「あと言っとくけど、それ買わされたの俺だから。別にあおいが気を利かせたわけじゃないから」
「うるさい。人が大事にしてた缶詰を勝手にあげたのが悪い」
 彼女は文句を言いながらも、機嫌が良さそうな口調で言った。 

 
 結局、五日目の今日も言えないままだった。だが、今日は違う。他の五人が寝静まった頃、俊介は部屋を出ると決めていた。
 岩崎にもう一度会うために。
 あの様子では、あおいのことは重要視していないようだった。頼みこめば、自分が戻るだけでなんとかなるかもしれない。あおいは、どうしても巻き込めない。俊介は国籍証明の書類と、街に入る際出る際の手続きと、自分の行動が失敗してしまった場合のことをメモした紙を机の上に置き、俊介はあおいの眠っている布団の横に、しゃがんだ。彼女は目を閉じ、眠っている。今日はよく眠れているようで、規則的な吐息は深く起きる気配はない。彼女の髪を軽く撫で、しばらくの間じっと見つめていた。
 それから俊介は立ち上がり、部屋を出た。

 か細い街灯と五日前の記憶を頼りに倉庫に辿り着くと、この間案内された通用扉を開けた。鍵はかかっていなかった。
 しかし、岩崎らが中にいるのかと期待したが、そこは既にもぬけの殻だった。蛍光灯もすべて切られ、怪しいと思い、月光の届かない奥まで手探りで進んで荷物があった場所を確認してみるが、何も置いていないようだった。恐らくここは軍事物資の保管場所で、輸送が終わり、用済みになった倉庫。岩崎の言っていた片付けなければならない仕事、というのはこれだったのかもしれない。そして輸送の任務中に、一時除隊者を回収する。そこまでが、彼の仕事。一週間の猶予は彼なりの温情だったのか。そこまでは判断がつかなかった。
 通用扉を出、顔を上げる。月光だけが照らす街路で、自分はただの十七歳だった。ヒトゴロシの才能を持って生まれただけの、非力な人間だった。
 状況は絶望的だった。相手が今どこにいるのかも掴めていないし、いつ来るのかも分からない。今更事実を伝えて逃げることを進言しようにも、交通手段が徒歩だけと言うのが、どうにもならない差だった。それに今の自分には、守るものが多すぎる。
 ヒトゴロシの才能では、人は守れない。
 手近な縁石に座り、俊介は激しく髪を掻き上げた。
「……やっぱり隠しているんじゃないか」
 突然背後で発した声を聞き、俊介は髪に埋めていた手を思わず引いて、振り返った。
「凛さん……」
 白地に英字プリント、両肩から先が黒で塗られ首回りがやたらとだらけた安物長袖Tシャツに、ジーンズ地のショートパンツという安上がりな出で立ちの凛が立っていた。彼女は黙って俊介の目の前に来ると、そのまま道路にしゃがんだ。服装が変わっても肌が目立つのには変わりない。一応女性なのだから、少しくらい、注意してほしい。いくらショートパンツとはいえ、短すぎる。
「言ってみろ。あおいや拓真には話しにくいことなんだろう?」
 しゃがんでいる彼女のすらりと伸びた綺麗な足と、だらしない襟から覗く胸がちらつく。俊介は、慌てて視線を上げた。
「……僕らがエペタムに居たって話、覚えてますか」
 顔が熱くなるのを抑えて思考を切り替え、小さな声で、訊いた。
「ああ。彰が騒いでいたからな。それに、政府が敵対組織として幾度となく公言しているんだ。名前は忘れようがない」
「本当は、元、じゃないんです。一時除隊扱いだったんですよね。期限付きの。それでこの間、帰り際にエペタムに戻れと命令されて……」
「……ほ、本当か、その話?」
「はい。一週間の猶予を貰いましたが、明後日が期限です」
 俊介はゆっくり頷いた。すると彼女は突然肩を掴んで来た。
「ど……どうしてそんな大事なこと、もっと早く言わなかったんだ!」
 彼女は肩を掴んだまま、動揺した様子で言った。
 ずっと一人で抱えていた話を伝え、多少は気分も良くなるかと思ったが、凛の反応に絶望的な状況を再確認しただけだった。
 俊介は落ち着けと自分に言い聞かせ、言葉を紡いだ。
「……言えますか、凛さんは」
 だが、あまり上手くいかなかった。
 俊介は肩を掴む凛の手を軽く払い、立ち上がった。手を払われた彼女はその場に軽く尻餅をついた。
「え?」
 彼女はコンクリートに後ろ手を付いたまま、首を傾げた。
「言えますか! 凛さんは!」
 あんなに楽しそうにしている二人に、これから、人をモノとも思わない組織に逆戻りさせられますよ、だなんて、あなたは言えるんですか。
「言えないですよね……? だって、みんな……あまりにも普段通りだから」
 言おうとは何度も思った。しかし、言い出せなかった。あまりにも、幸せそうだったから。
「で、でも、一週間あればもっと別の形で……! いや。逃げる……。逃げることはできないのか? だって昼間もあんなに楽しそうに……。強いんだろう。強いんだろう? 君もあおいも! それなら、逃げるくらい……」
 本人達に伝えれば、どうなるかは目に見えている。あおいは、諦めない。拓真も、諦めない。逃げると言い出すに決まっている。逃げれば……皆殺しにされる。あおいの考え方は、拓真に作り変えられてしまった。人としては大きく成長したが、軍人としては腐ってしまったも同然だった。彼女に正常な判断が下せるのか。そして自分は間違った方向に走ろうとした時に彼女を強く止められるのか。全く以て自信など有りはしない。
「……逃げられないんだ。確かに僕らは、一般の人に比べればいくらか強い。でも、僕らは作戦立案や指揮の能力で生き延びてきた。エペタムに属している人間は、僕らより身体能力が高いだけの人間なら、いくらでもいます。それに、銃の前には生身の人間は無力だ。逃げようとすれば、機密を持っている僕らは射殺されるでしょうね」
「拓真はどうなる! 彼は、エペタムではないんだろう? 一人残していくつもりか? 離れ離れになるくらいなら、共にエペタムに……」
 彼女は立ち上がって、俊介に詰め寄った。
 つい一週間と少し前に共に行動するようになっただけなのに、尚も食い下がる様子を見て俊介は不安だけが支配する心中で少し嬉しさを感じた。そして首を横に振った。
「できません。エペタムは定住地を持たず、それでいて日本国籍を有する者にしか入隊の前提を与えません」
「そんな……」
 彼女は俊介を近くから見つめたまま、小さな声で呟いた。
「……ありがとうございます。そこまで必死になってくれて。本当なのかなって疑問に思ったけど、拓真の言ったとおりだった。目で、分かりますね。あなたは、良い人だ」
 俊介は自然に笑みを浮かべて、部屋を出る際に決めた覚悟を、もう一度呼び戻した。居ないのなら、こちらから探せばいい。宛てがないわけでもない。まだ一日残っている。
「伝えてください。みんな、元気でって」
「……どういうことだ?」
「凛さんも、元気で」
 俊介は首を傾げた凛の顔を掴むと、体に染み込ませた力加減で、アスファルトに彼女の後頭部を叩きつけた。


 軽い脳しんとうを起こした彼女は、数秒間意識を失った。
 彼女が頭を押さえながらどうにか起き上がった時、もうそこに俊介の姿はなかった。




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