four S ―叶わなかった平和―


 研究部に預けていたバトルスーツを受け取り、ガレージに駆けこんで上からバトルスーツを着て、オフロード仕様の大きなタイヤをもつ車に乗り込んだ。担当者には緊急の用事があると言って、基地の出入り口を遠隔操作で開けさせた。真村の出撃した三区は、基地からいちばん近い。ライフルを部屋に取りに戻る余裕はなかったが、拳銃とバトルスーツさえあればどうにかなる。
 アクセルを限界まで踏み込みながら、ハンドルを右に切って道路に飛び出す。土煙が上がって視界を覆ったが、気にせず突っ込んで、基地の門を通り抜けた。独断専行は懲罰が待っている。それでもこれ以上誰かが死ぬのを見過ごすくらいなら懲罰房に入った方がいい。
 クリーチャーの破壊活動によって生まれた悪路に軽く酔いながら、基地側の敷地と三区とを区切るフェンスをそのまま弾き飛ばして、三区に突入した。大型の猛禽類を原型にしたB型の群れが近くにいたらしく、車に殺到してくる。舌打ちして車を乗り捨て、バトルスーツの力を借りて跳躍、窓ガラスのない窓から、建物の二階に転がり込んだ。
建物を突っ切って裏路地側に跳び降り、掃討作業予定の現場まで、ひたすら走った。念のため、途中で防毒ヘルメットは出しておいた。
 B型は一度見つけた獲物に対してしつこく、貴重な拳銃の弾をほとんど全弾、使ってしまった。けれど逃げ続けながらも、石黒は、把握している三区の掃討現場まで近づいていった。
 頭を吹き飛ばされたC型の死体、A型の焼け焦げた死体を通り過ぎ、大量のB型の死体を踏みつけ、さらにはE型の死体を見つけた。E型は小型のオオカミのような姿で、コアを破壊、あるいは敵の設定した制限時間に達すると起爆し、体内の毒物貯蔵庫とともに爆散、周囲に猛毒をまき散らす。
 ここまで明確な殺意をクリーチャーから感じたのは、レナントとの最終決戦以来だった。
 進んでいくと、あらゆるクリーチャーの死体が、まるで爆心地のように、ある中心点をもって広がっている場所があった。
 自分の息切れが、防毒ヘルメットの内部で嫌に大きく聞こえる。
 気持ちがはやり、足元への注意がおろそかになって、C型の遺体を変な風に踏みつけてしまった。バランスを崩してその場に転んだ。
 なえかけた力を振り絞り、立ち上がって、同心円の中心へ向かう。
 二体のE型が、何かを引っ張りあっていた。
 爆散を避けるため、E型の足を拳銃で撃つ。二体のE型はそれぞれ小さく鳴き声を上げて倒れた。拳銃の弾倉が空になった。
 中心にあったのは、すでに判別がつかなくなったり、骨が目立つようになったりした複数の遺体と、二体のE型が貪ろうとしていた真村の体。
 全身が血みどろの体を見て諦め半分で近づくと、驚くことにまだ、かろうじて息があった。
「真村さん!」
 ヘルメットのスピーカーを通して声が届いたはずだが、真村は目だけを動かすのが精いっぱいなようだった。口元が何かを言いたげに動くが、それが言葉となる事は無かった。
 基地に連れて帰るため真村を抱きかかえようとすると、
「待ちなさい!」
 背後から、作戦中の耳元で聞き慣れた声が響いた。同じくスピーカーを通しての声だが、聞き間違えようがなかった。
「どうして、みかげさんがここに」
「そっくり言葉を返す。人基、あなた非番のはずよね?」
 新山はアサルトライフルを構えていた。慣れていないからか、構えは不格好だったが、油断なく照準をこちらへ合わせている。
「やっぱり、みかげさんだったんですね」
 こちらは丸腰だ。いくら相手が素人でも、アサルトライフルとの一対一では分が悪い。
「何を言っているの?」
 まだとぼけようとする新山に対して、石黒は怒鳴った。
「四人を殺したのはあなたなんですよね? あれは、嘘泣きだったんですか?」
「人基……」
 新山はなぜか、アサルトライフルの構えを解いた。
 その隙に石黒は駆け出し、飛びかかった。新山がアサルトライフルを構え直すまでのあいだに、人基は彼女に突き飛ばしながらのしかかって、地面に押し倒していた。スピーカーから、荒事に慣れていない新山の悲鳴が漏れる。
 石黒は怒りにまかせて、新山の首に手を伸ばした。防毒ヘルメットの開閉スイッチに手をかけたところで、
「人基、わたしが信じられない?」
 石黒は手を止めた。
 E型の散布した猛毒がいまだただようなか、防毒ヘルメットの開閉スイッチを押すということは、新山が死ぬ、ということだ。
 途端に胸の動悸が激しくなる。
 新人だった自分に対して、新山は、ときに褒め、ときに叱責をして、丁寧に指導してくれた。大して期待されていなかった自分が特級隊員にまでなれたのは、彼女に指導されたからだ。信頼できると思った上官と、ずっと一緒にやってこられたからだ。
「ごめんね、あなたが信用しきれる人間になれなくて」
 涙声が聞こえてくる。
 ……どっちなんだ。
 演技なのか、演技じゃないのか。
 演技だとしたら、どうして銃口を下げた。
 演技じゃないとしたら、どうして新山がオペレーターのときばかり人が死ぬ。CH計画の反対者が死ぬ。レーダーがうまく動かないなどと嘘をつく。
 これまで新山と過ごした時間が頭の中で思い出されて、石黒は頭がうまく回らなくなった。
「俺だってみかげさんを信じたい。信じたいけど、信じられないんだよ。なんで、こんなところにオペレーターが来る必要があるんだ」
 子供のように言ってしまったあとで、涙があふれそうになる。
 開閉スイッチから手を離す。
「戦争はもう終わったのに。やっと終わらせたのに! 俺はどうしたらいい。どの恩人を殺すべきなんだ! 一体誰を殺せば、こんな馬鹿げた裏切りを止められる!」
「あなたにはまだ、人らしい部分が、たくさん残っているね」
 抵抗するそぶりすら見せない新山が、優しく言う。そして彼女は、腕を伸ばして、人基の背中に手をまわしてきた。人基はなすすべなく、体を預ける。
「何もしなくていい。人基は、何もしなくていいから」
 それは、体から立ち上がる力を奪う言葉だった。抗えなかった。

 基地に運び込まれてすぐ、真村は死亡を確認された。真村が拳銃によって殺害されていた事実が判明し、石黒は筆頭容疑者として独房に入れられた。
 後ろ手に拘束されたまま狭い独房に押し込まれた石黒は、向かいの独房にいる伊世の姿を見て、目を見開いた。
「親子そろって独房ね」
 伊世はどこか楽しそうに言った。
「あの女、うまくやったわね。これで、計画を邪魔できる人間はひとりもいなくなった」
 石黒は何も答えずに、目を閉じた。
 誰が本当のことを言っているのかとか、誰が嘘をついているのかとか、今はどうでもよかった。
 誰が嘘のことを言っていても、自分の恩人が死ななければならないのだから。
「人基までわたしを疑ってるの? 見てなさい、わたしがここにいても、殺人は起こるから。みかげが手を下してね」

 二日後、副部長から部長に緊急昇格したばかりの日笠が任務中に殉職したと、独房の世話役の男が教えてくれた。
 CH計画の反対者は、研究員の伊世を除いて全員、死んだ。